ジャパン・プラットフォーム(JPF) 公式ブログ

緊急人道支援組織、認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログ。NGO・経済界(経団連、企業など)・政府(外務省など)が連携し、国内外の緊急人道支援を実施。寄付金・募金受付中。

福島でさまざまなワークショップ開催

 現在、「共に生きるファンド」では、福島の避難指示解除に伴い、助成先団体によるワークショップなどが多く実施されています。一つは、「元気になろう福島」が実施している<大熊町住民ダイアログ企画>で、避難中の大熊町民がカフェ形式で集まり、大熊のまち全体のジオラマを見ながら語り合う<大熊町未来会議>、もう一つは「葛力創造舎」による<情報誌づくりを通した原発災害地域への帰還住民による地域づくり活動創出事業>、他に「まちづくりNPO新町なみえ」による<浪江まちづくり未来創造ワークショッププロジェクト>。そして「富岡3・11を語る会」による<帰還する町「富岡」への思いを町民が語り、聞き、考える事業>。
 「まちづくりNPO新町なみえ」の事業ではファシリテーショングラフィックという手法を取り入れ、参加者が分かりやすく整理して見える化しながら行われました。非常に盛況で、参加者からは「もやもやしたものが晴れた」、「他の町民の思いも知れたのでほっとした」「1人でないことがわかり安心した」などの声がきかれました。
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 「富岡3・11を語る会」のワークショップでは、ふたば未来学園と福島県立相馬農業高等学校 飯舘校サテライトの演劇部の生徒が避難指示解除に関する創作劇を演じましたが、非常に感動的で奥深い演劇で、涙と共に深い内省を禁じえない心境にさせてくれました。そして尚且つ清清しい、爽やかな気持ちにもさせてくれました。大入りで1階席は埋まり、2階席を使用するほどでしたが、機会があれば、もっとたくさんの人に見てもらいたいと思いました。
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 福島県立相馬農業高等学校 飯舘校サテライトの演劇部は東北大会を勝ち抜き、今度仙台で行われる全国大会に出場するそうです。またふたば未来学園の演劇部は2月4日と5日に東京での公演が決まったそうです。機会があれば一度足を運んでみませんか?

福島担当
 

※共に生きるファンド

東日本大震災による被災者の支援活動に共に取り組む団体(非営利法人)へ助成するJPFのファンド。

「減災サステナブル」という考え方

こんにちは。ジャパン・プラットフォーム(JPF)国内事業部長の阿久津です。
東日本大震災以降、私は年末年始に東日本被災地を自分のクルマでまわり、復興の様子を自分の目で確かめることが、自分の中で恒例となっています。これまでに太平洋沿岸の被災地は、北は青森県の八戸市から、主要三県の岩手・宮城・福島はもちろん、南は千葉県の旭市まで、ほとんどすべてを6年間かけて訪れてきました。
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今回はすべての市町村の中で最も死者行方不明者数が多かった石巻市(2016年3月11日時点で3,975名)を中心に現在の防潮堤建設の様子を見てきました。
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いつもは一人で行くのですが、今回は頼もしい友人が同行してくれました。千葉大学大学院工学研究科で人工システム科学を研究している浅沼博教授です。

浅沼博先生のチームによる「減災サステナブル」の研究はとてもユニークで壮大です。たとえば、防潮堤と言えばコンクリートで固められた波風を受けても微動だにしない頑強なイメージを持つ方々が多いと思います。しかし、彼らの発想は全く逆です。フニャフニャして粘り気がある材質で強度を増したり、海に浮かべ津波が来たらその高さに応じて大きくなる防潮堤まで自由自在です。しかも、スマート&ローコストで自然にやさしいのが特徴です。災害時には何mにも立ち上がり、平常時には海面に浮かび波の力で発電するシステムも研究されています。地震や津波のような自然災害による被害を「完全にゼロにする」ことはできないけれども、「限りなくゼロに近づける」減災は科学の力でいくらでもできる、そのような持続的発展性を高めていくという考え方です。

浅沼氏と訪れた石巻市から東松島市に至る防潮堤は、高さを感じさせない工夫が随所に見られ、意外に圧迫感はありませんでした。
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その分、場所によっては、第一、第二、第三と防潮堤を何重にも張り巡らせているために、維持費を含めかなりのコストがかかるようにも見えました。
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また、重要施設の多くは東松島市の常磐線野蒜(のびる)駅のようにすでに高台移転されているので、少なくとも以前に比べれば住民の安全は一定レベルまで確保されつつあると感じました。
f:id:japanplatform:20170106102135p:plain野蒜(のびる)駅

f:id:japanplatform:20161228132300j:plain野蒜駅

一方で、建設中の防潮堤はすべてコンクリートで固められている訳ではなく、内側は土なので強度には限界があります。
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また、津波の到達高度(遡上高)が30mを越えるようなスマトラ島沖地震(2004年)や東北地方太平洋沖地震(2011年)を想定すれば、十分な高さと言えないのは明らかでした。
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世界各国はこれまで軍事防衛という枠組みの中で、航空宇宙など最先端の研究にしのぎを削ってきました。日本もそれで良いのか。その方向性の中で最先端の科学技術を競い合って勝ち目はあるのか。知的な発想の転換を行うのであれば、最先端技術の研究等を軍事防衛に代わって防災減災分野で行えないかという新たな発想です。地震・津波・火山噴火などの災害をバネに人材・科学技術を磨くという考え方です。浅沼氏は「日本は単なる科学技術立国ではなく、安全・安心を世界に届ける永世中立技術立国となるべき」と訴えています。一方、「減災サステナブル」という考え方を進展させていくと、科学技術というハード面と対(つい)をなす形で、防災減災を実現していくための人的ソフト面の分野が存在しているように私は思いました。私は浅沼氏にその中核に本来はNGO/NPOがあるはずだということを伝えました。2017年はその意味でもNGO/NPOの飛躍の年にしていきたいと考えています。本年もご指導の程よろしくお願い致します。

チャイルドライン全国フォーラム2016 in 福島

10月22日から24日にかけて「チャイルドラインふくしま」による「チャイルドライン全国フォーラム2016 in福島」が開催されました。そこで最終日のバスによる現地視察の車内講師と、午後南相馬原町で行われた福島の子ども支援団体の活動報告とパネルディスカッションのコーディネーター、司会をやらせていただきました。

チャイルドラインはイギリスで始まった子どもの電話相談で、子どもの人権条約を基に活動を展開されていますが、日本では子どものいじめ、自殺が社会問題として顕在化してきたあたりから、その対策として始まり広がりました。
「チャイルドラインふくしま」は東日本大震災から1年後の2012年に、全国のチャイルドラインから福島にかかわる深刻な相談が多いとの声を受け設立されました。

今でも福島では先行きの見えない閉塞感や軋轢、分断などから孤立し、ストレスを抱え込む子ども、または大人のストレスのはけ口となる子どもが増え続けています。「チャイルドラインふくしま」にくる相談内容は、実際に、いじめ、DV、リストカット、自死などに関することが著しく多く、望まない妊娠等に関する相談は全国平均の8倍となっているそうです。

今回、福島で行われた現地視察と地元子ども支援団体の活動報告とパネルディスカッションにも参加者のみなさんからの関心が非常に高く、多数の方々が申し込まれましたが、あいにくバス一台分ぎりぎりの定員60名で締め切らせて頂く運びとなりました。

当日はバスで飯館村を通り、高速常磐線で富岡まで行き、廃炉作業中の第一原発ギリギリまで近づき、下の6号線を通って富岡、大熊、双葉、浪江、南相馬小高を通って南相馬原町に入り食事をとりました。

午後からは地元子ども支援団体の活動報告とパネルディスカッションに移りました。「ベテランママの会」の番場先生、「みんな共和国」の近藤先生、「シャンティ国際ボランティア会」の古賀東北事務所長のお話を聞き、その後パネルディスカッション/質疑応答に移りました。

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「ベテランママの会」の番場先生

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「シャンティ国際ボランティア会」の古賀東北事務所長

活動報告では、震災後の子どもの状況と各団体の取り組みと、苦労などが語られました。

パネルディスカッションと質疑応答では、現在各団体が抱える課題とその解決について話されました。

どの団体も福島では今後もこれまでの活動を継続していく必要性があることを認識していますが、活動資金などの面で壁に突き当たっているようです。

また参加者からも良い活動、大切な活動をしているところに寄付したいが、どこに寄付したら良いか分からないなどの意見がありました。

そこで双方を結びつける情報のプラットフォーム、福島プラットフォームみたいなものが必要ではないかという意見も出ました。

福島県 地域担当/山中

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パネルディスカッション

岩手での活動の強力なパートナー ~いわて連携復興センターの紹介~

こんにちは。国内事業部の高久です。
岩手の山々は紅葉の見ごろを迎え、赤や黄色に色づいています。私は、厳しい冬を迎える前に鮮やかに色づく紅葉の時期の岩手が大好きです。

私は、2013年11月より、岩手担当として岩手県遠野市に駐在しながら岩手の復興支援活動に従事してきました。

岩手県の面積は四国4県分あるといわれ、日本の県の中で一番広い県です。私が担当している沿岸の被災エリアや内陸避難者支援団体が事務所を構えるエリアを回るだけでかなりの移動距離になります。1日の移動距離は最低100Km、長いときは200Kmを超えることもあります。JPF岩手担当は私一人なので、自ら長距離を運転しながら岩手県各地を回っています。

このように広い岩手県の被災エリアの情報や団体情報などを一人で行うことはとても大変な業務です。

しかし、岩手には、いわて連携復興センターという強力なパートナーがいるおかげで、お互いの情報交換をおこなったり、中間支援としての戦略を考えたりと効果的に活動ができています。

いわて連携復興センターは、沿岸県北地域、釜石地域、気仙地域、内陸地域にそれぞれコーディネーターを配置しNPOのサポート等の中間支援を行うことにより復興課題に取り組んでいます。私は現場では、いわて連携復興センターの担当者と一緒に現場を回り、団体の活動のサポートを行ったり、それぞれが持っている情報を交換したりして現場での連携を図っています。

今日は、そんな私の強い味方、いわて連携復興センターのスタッフを紹介いたします。それぞれの担当者から担当エリアの状況についてコメントをいただきました。

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地域コーディネーター統括 瀬川 加織 氏
担当地区:岩手県全域
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 コメント:
 震災から5年以上が経過しましたが、岩手県では、いまなお約1万8千人の方々が応急
 仮設住宅などでの生活を余儀なくされています(2016年8月時点)。被災地ではハー
ド整備も進み、災害公営住宅など恒久的な住まいへの移行が順次始まっています。
 そんな被災地の現状の一つに、経済的、心理的、制度的な理由等から仮設住宅から出
 たくても出られない人がいます。今後の生活再建に迷っている人、土地整備の遅れに
 より仮設から出たくても出られない人、金銭的に仮設から出られない人、災害公営住
 宅に入りたくても制度的に入れない人など‥。
 こういった生活再建弱者の課題は、一律の支援や制度で解決できるものではありませ
 ん。被災者一人ひとりに寄り添い、個々に合ったケアと断片的な支援にならないよう
 に一般福祉施策への橋渡しなど、平時まで見据えた支援を組み合わせながら、支援を
 していく必要があると思います。
 また、支援のヌケモレをなくす為、復興に特化した中間支援NPOとして、様々なセク
 ター間の連携・協働を充実させるコーディネートをしていきたいと思います。


地域コーディネーター 中山 実 氏
担当地区:釜石、大槌、山田、宮古、普代、田野畑、岩泉f:id:japanplatform:20160804180511j:plain


 コメント:
 県北(譜代、田野畑、岩泉)は仮設住宅からの移転が済んでいます。そのためか被災
 者支援の取り組みは少ないです。
 宮古市では、災害公営住宅コミュニティ形成について述べますと、すべての災害公営
 住宅団地は、地域コミュニティに取り込まれる形となっています。その反面、自治会
 がないため公営住宅の集会所利用が難しいところにあります。取り組みとしては、ユ
 ース支援団体の取り組みが際立っています。彼らを見て育つ中高生の未来には、地元
 に戻ってきて宮古のために社会貢献活動をしようとする人材も出てくると考えられま
 す。
 山田町は、コミュニティ形成に行政や社協はあまりテコ入れしない考えのようです。
 その代わりに、ここにきて市民活動の芽が出てきています。任意団体ではあるが、い
 ずれ法人格を持とうとしています。
 大槌町、釜石市はコミュニティ形成に行政や社協が力を入れています。入居抽選会や
 入居後交流会の取り組みもあります。但し、少しずつ活動団体数が減少しています。
 大槌町役場が地域のコミュニティ形成に尽力しており、行政主体の中間支援組織が設
 立されました。また、今年度子ども関連でネットワーク体が出来ました。
 釜石市は今年度が災害公営住宅完成ラッシュです。被災住民の大規模な移転があると
 ともに、新しい環境でのコミュニティ形成が重要です。
 
 このように、私の担当するエリアは、町ごとに状況が異なっているのが特徴です。

 行政や企業、NPOなどの連携協力体制を強くし、それぞれの地域の状況を見越して支
 援体制を整える必要があります。加えて、地域住民が主体的に復興を担っていけるよ
 う、様々なセクターのコーディネートを行う必要があると考えています。
 


地域コーディネーター 大向 昌彦 氏
担当地区: 県北・内陸担当
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 コメント:
 県北(洋野町、久慈市、野田村)、内陸全般を担当させていただいております。
 県北では地域資源を活かし様々な取り組みを行う中で「人を呼ぶ」意識が高まってき
 ています。
 内陸では震災を機に沿岸や県外から避難されている方々や、生活困窮へのケアサポー
 トが継続され、今年度からは市町村の枠を超えた合同の交流会など「人をつなぐ」活
 動が広がりを見せています。
 被災地、被災者に寄り添い活動するNPOや支援団体の皆さんもそれぞれの活動におけ
 る課題と向き合いながら、今と先を見据え行動する姿を日々目の当たりにしています。
 自身の活動の中でより効率よく人が人を呼び、人と人とがつながるコーディネートを
 心がけて参ります。
 


地域コーディネーター 葛尾 恒夫 氏
担当地区:大船渡、陸前高田
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 コメント:
 私の担当地域である大船渡市及び陸前高田市では、仮設住宅の集約化と災害公営住宅
 への転居が進む一方で、今もなお、自立再建の目途が立っていない被災者が数多くい
 ます。
 その多くの被災者を支援するにあたり、緊急時とは違う個々の細かなニーズに対する
 支援策が求められているのと同時に、自立と支援のバランスについても再考する必要
 性に迫られているのが現状です。
 また、被災者支援として活動してきた取り組みを恒久制度の中でどう活かし、発展さ
 せていくのかが今後の課題で、その解決のためには、NPOをはじめとした支援団体、
 行政、地域の協働活動が欠かせないのも事実です。
 これらの状況を踏まえ、この3者のパイプ役を務めながら、各方面に対してきめ細か
 な対応をしていくつもりです。
 

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以上、私の担当する岩手県の強力なパートナーの紹介でした。JPFは引き続き、いわて連携復興センターと協力し合いながら活動を行っていきます。

ジャパン・プラットフォーム国内事業部 岩手地域担当 高久


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JPF「東日本大震災被災者支援」2015年度報告書が完成

9月初旬に、2015年度版の東日本大震災被災者支援活動の報告書が完成しました。 

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「東日本大震災被災者支援」2015年度報告書(PDFで開きます) 

JPFは、2015年度より福島の支援強化に乗り出し、福島支援に関するイベントを開催してきました。地震・津波の被害に加え、原発事故に起因する課題が福島では山積しています。避難指示解除で帰還する人たちのコミュニティ再編、放射能除染後の農業再開、健康への不安、福島県外へ避難している人たちの不安定な生活。本報告書では、課題に立ち向かい、福島で活動する団体の活動を紹介しています。(p13~p14) 

表紙の写真は、JPF福島担当が福島県富岡町で撮影しました。

きれいな桜並木ですが、人の気配が全くない福島の帰還困難区域の様子を写した一枚です。 

その他、岩手、宮城、福島の各県の現状(p3)、「共に生きる」ファンドの助成先団体の活動とメッセージも掲載しています。(p5~p12) 

本報告書には、復興のために活動を続ける皆さまの、たくさんの思いが詰まっています。

ぜひ、ご一読下さい。

尚、本報告書の英語版も完成しました。 

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“Aid to Victims of the Great East Japan Earthquake" FY2015 Report (PDF)

以上の日本語版と英語版、そして過去の報告書などはこちらで一覧にて掲載しております。あわせてご覧いただけると嬉しいです。

ジャパン・プラットフォーム 国内事業部 谷内田


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着任のご挨拶と避難解除後の葛尾村視察報告

着任のご挨拶

皆さま。はじめまして、こんにちは。

今年の7月よりジャパン・プラットフォーム(JPF)国内事業部プログラムコーディネーターとして、福島を中心に宮城・岩手も視野に入れた連携調整などを担当することになりました池座と申します。どうぞよろしくお願い申し上げます。

わたくしは東日本大震災発災の直後より、東日本大震災支援全国ネットワーク(JCN)のスタッフとして東北3県における組織間(地域組織、NPO/NGO、社協、企業、行政等)の広域コーディネートに従事してまいりました。発災から5年以上の月日が経過するも、東北の復興は道半ば。被災地域の復興にたずさわる組織間の連携調整や地元組織の基盤強化に注力してきた”後方支援/中間支援/コーディネート組織”という立場から、また組織として永遠に支援地域に存在し続けられないという立場から、JCNやJPFともども今後どの様に地域にコーディネート機能を残していけるかが課題となってきました。

この度、これまで被災現場で類似した活動を展開し、現場レベルでも密に連携をとってきたJCNとJPFという2つの組織の広域コーディネート業務を、わたくしが兼任することで、2者と地元中間支援組織である連携復興センターなどとより有機的に連携・協働をうみだし、被災地域の住民・団体と共に今後の住民の生活再建や地域づくり、復興活動に尽力していければと願っております。

着任のご挨拶はこの辺にしつつ、先日参加しました福島県葛尾村の視察ツアーの報告を併せて簡単にさせていただきたいと思います。

葛尾村視察報告

原発事故により全村避難が続いていた福島県葛尾村(かつらおむら)ですが、今年の6月12日に避難解除されたことを受け、去る7月30日(土)、村の現地視察ツアーが実施され、JCN福島担当の鈴木氏とふくしま連携復興センターの遠山氏なとと一緒に参加してきました。

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このツアーは、浪江町をはじめ北双地域の青年会議所や若手住民を中心に運営される「ふるさと未来創造会議」が主催し、震災以降バラバラになった双葉8町村の住民同士が繋がり寄り合う場として結成された「双葉郡未来会議」との共催という形で実施されました。

当日の朝、私はふくしま連復の遠山さんの車に乗せていただき、福島市から二本松市経由で集合場所である葛尾村役場・村民会館に向かいました。

会場には約50名の関係者が村内外から来られており、午前中は葛尾村役場の松本さんから村の現状や課題についてご説明いただきました。

福島県の山間地域に位置する葛尾村。震災前の人口は約1500人で福島で一番財政が小さい村だったそうです。家族の構成として、3世代同居あたりまえでしたが、震災によりバラバラになってしまい、一部避難解除された今年6月から今現在で、避難先から戻った村民が61人、38世帯(人口割合で4.5%、住民票を移し実際に村に住まわれている人は15人)とのことでした。今は解除されたばかりで帰還者も少ないが、今後もっと戻ってくるだろうというお話しもありました。

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昼食は葛尾村の「石井食堂」さんのお弁当。その味とチャーハンのボリュームで有名なお店だそうで、このお店は、現在三春の仮設店舗で営業中。来年一月には村内で営業再開の予定です。

午後はマイクロバスを使って村内を巡りました。
(図引用:http://futabafuture.com/2016/08/01/report_katsurao_tour/

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酪農家 佐久間さん

~村内での酪農再開を目指す~

まずは、村内で酪農の再開を目指す佐久間さんの牛舎にお伺いしました。

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山間に並ぶ大きな牛舎群。牛の姿は見えない。そのかわり、しばらく使われていなかっただろうと思われる重機が静かにたたずむ。今回、酪農家である佐久間さんへの訪問で、酪農を再開する決意に至った経緯や今の暮らし、事業再開に向けての想いなどについてお話しを伺いました。佐久間さんは、震災の前は ご夫婦とご両親、親戚と協力し合い、130頭ほどの牛を飼育し、牛舎は震災の4年半前に立て替えたばかりだったそうです。現在はご家族と避難先である郡山市に生活の拠点を置きつつ、村に通いながら酪農再開を目指しています。

稲作農家 松本さん

~村内での実証栽培、稲作再開を目指す~

 次に伺ったのは、村内でお米の実証栽培に挑戦する農家、松本さんをおたずねしました。

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松本さんはもともと稲作農家で、震災以降は、帰還困難区域近くの広谷地区で実証栽培を行っていました。原発事故後に役場からの「村内で試験栽培をやりたい人はいないか」との呼びかけに対し、松本さんが率先して手を挙げ、平成27年度から続けてこられたそうです。来年度からは米づくりにかかる費用の行政補助がなくなるため「ここからが農家としての本当の正念場だ」と松本さんは話してくれました。

葛尾村社会福祉協議会 川島さん

~帰還困難区域 野行地区の現状~

視察の最後は帰還困難区域である野行地区に特別な申請をとって入らせていただき、当地区の住民でもある葛尾村社協の川島さんに案内していただきました。

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野行地区は今なお帰還困難区域に指定されており、元々は33世帯130名が暮らしていました。川島さんのご自宅は、今は植物が周りを囲み、長い間自宅に入れていないとのことでした。 道中、線量の低い場所を選びバスを下車したのですが、道のあちらこちらにイノシシと思われる生活の跡が見受けられました。

葛尾村にどう関わっていけるか」グループワーク

視察後は役場に戻り、参加者が幾つかのグループに分かれて各自の感想と葛尾村に対してできることを共有し合いました。

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「誰でも気軽に泊まれるゲストハウス」「双葉郡全体での企業研修、合宿プログラム」など、人々が村に集いやすくなる様々な企画や関わり方が出され

ました。

今回、葛尾村の人々との出会いを通じて、人や地域が抱える困難・葛藤・希望を肌で感じることができました。

葛力創造舎の下枝さんをはじめ、双葉郡未来会議の皆さん、ふるさと未来創造会議の皆さん、葛尾村の皆さんにこの様な機会に参加させていただきましたこと、心より感謝申し上げます。

今年から再開された葛尾村盆踊り(8月14日)をはじめ、10月開催予定のふたばワールドなど葛尾村や双葉郡の取り組みは続きます。

ご興味のある方はぜひ関わりをもっていただければ幸いです。

■2016年10月2日 ふたばワールド2016 in かつらお

https://www.pref.fukushima.lg.jp/sec/11110a/katsurao.html

■双葉郡未来会議

futabafuture.com

■ふるさと未来創造会議

ふるさと未来創造会議について | 一般社団法人 浪江青年会議所

■一般社団法人 葛力創造舎 | Facebook

https://www.facebook.com/katsuryoku.sozo.sha/

 

ジャパン・プラットフォーム国内事業部プログラムコーディネーター 池座


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5年ぶりに再開したJR常磐線「原ノ町駅~小高」に乗って福島県南相馬小高地区を散策

7月12日火曜日、1万人超を対象に、小高地区を中心とした南相馬の避難指示地域の大部分が解除されました。そして小高に電車が再び開通しました。JR常磐線のうち、避難指示地域の指定が解除された区域が含まれる原ノ町駅~小高駅間の9・4キロで、5年4か月ぶりに運行が再開しました。あえて原ノ町から電車で小高に行ってみました。

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途中窓から外を見ると、海と山と田園が広がり、息を呑むほど美しい風景が広がります。

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小高駅に着くと「野馬懸け」の祭りの旗が迎えてくれました。

「野馬懸け」とは、いわゆる「野馬追い」と共に行われる、小高特有の祭りで、野生の馬を人が追いたてながら岡の上にある神社まで押し上げて奉納し、願を懸けるお祭りで、これが絵馬として全国に広がったと言われています。

元々、本物の野生馬を神社に奉納して願を懸けていたのが、絵の馬に願い事を書いて神社に奉納する風習として全国に広がったのです。今年の野馬追いは、7月23日から25日にかけて行われますが、23日の出陣式、本陣集結、宵乗り競馬、24日の行列、甲冑競馬、神旗争奪戦を経て、25日の最終日に野馬懸けは執り行われます。

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歩いて小高神社に向かう道の途中も、山から川が流れ海に注ぎ込む風景が実に美しいです。

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小高神社はもともと、小高城、別名「紅梅山浮船城」と言われるお城でした。洪水などの時には、周りが水で囲まれ浮いた船のようになるので、浮船城と呼ばれたそうです。南北朝の頃、北畠顕家率いる南朝の軍勢に対抗するため、建設されました。小高には、この浮船という言葉を使った建物が他にもいくつかあります。

原発事故から5年が過ぎ、南相馬小高地区を中心とした避難指示解除に際して多くの課題が山積し、様々な問題が浮き彫りになっています。しかし、この小高の山河の美しい風景、馬に願いを乗せて神に届ける風習、紅い梅の山や水に浮かぶ船はいつまでも在り続けることでしょう。

ジャパン・プラットフォーム 国内事業部 山中

 


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