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【寄稿:建築史家 陣内秀信氏】住宅調査で訪ねたシリアの思い出を振り返る~シリア情勢の回復を願って~

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シリアの地を始めて踏んだのは、1990年の夏である。当時、我が国で、「イスラームの都市性」という大きな研究プロジェクトが推進され、イスラーム世界の都市の在り方に大きな関心が寄せられていた。その傘下で、アラブのエジプト、シリア、そしてトルコ、最後がヴェネツィアという願ってもない調査旅行が企画され、私もこれに参加した。特にシリアのダマスクス、アレッポは、シルクロードの西の重要拠点で、3千年近くも同じ場所に都市文明を継続してきた最も古い都であり、そのスークの空間の迫力、中庭をもつ住宅の在り方に私は行く前から大きな期待をもっていた。

実際に訪ね、血が騒ぐような感動を覚えた。そもそもヴェネツィアの研究からスタートし、イスラーム圏もイラン、トルコ、モロッコ、チュニジアと体験していたが、シリアのこの二つの都市は格別だった。

特に、アレッポのアーケードが架かった堂々たるスークの素晴らしさには驚かされた。世界最大の市場(バザール、スーク)だと実感した。シルクロードの時代とも変わらぬ市場の多様な店舗、機能、そして大勢の人々が集まるその活気、賑わいに圧倒されたものだ。この人類史に輝く素晴らしいスークが壊され、失われるのは、耐えられないことである。ヴェネツィアの歴史を研究する私にとっては、ヴェネツィアの領事館だったというハーン(隊商宿)を訪ねることができたのも忘れられない。文字通り、国際都市だったのだ。

そして、中庭のアラブ式住宅には、ダマスクスで訪ねることができた。オスマン帝国史の専門家で、東京大学で教えていた鈴木董氏と二人で旧市街をほっつき歩いた時に、袋小路の奥まったところで、路上にいた子供達と知り合い、何となく家に入れてもらえた。身振り手振りで愛想を振りまくしか手段がなかったが、本当に親切なファミリーで、中庭に導かれ、歓迎を受けた。白と黒の大理石で舗装された中庭の真ん中に噴水があり、奥に大きなアーチで庭に開く半戸外の広間(イーワーン)がある。居心地のよいその空間はまさに、「地上の楽園」のイメージそのものだ。

普通、アラブの家では、女性の空間には入れないと聞いていたが、どういう訳か、ここでは素敵なお嬢さん2人と母親のいるプライベートな部屋にまで案内され、記念撮影もさせてもらえた。素晴らしい家族だった。言葉ができれば、とちょっと悔しい思いをしたものだ。

そして、翌年、ダマスクスを再訪する機会を得た。ヴェネツィアに1年、在外研究で滞在した間に、東京から法政陣内研究室のゼミ生、数名を呼んで、本格的なダマスクス旧市街のフィールド調査を実施したのである。その切掛けは、アブドラ・アラジンというダマスクス出身の学生が陣内研究室に留学してきたことにある。

彼のダマスクスの家族にお世話になり、日本のテレビ局の取材にいつも協力していた通訳者に参加してもらい、中庭型の住宅の徹底的な実測調査ができたのである。これは本当に忘れられない思い出である。

携帯電話のない時代。3つ程の班に分かれて、それぞれの家に入るが、どこに誰がいるのか分からない。入口の扉に、紙の断片にメッセージを書いて貼り付け、この中で調査をしているのを仲間に知らせながら、楽しく作業を進めた。ご馳走になって帰りが遅くなる班もあった。女性の空間はなかなか男性には見せてもらえないので、同行した女房に写真をとってもらうこともあった。

格式の高い伝統的な家族ほど、女性は姿を見せない。庶民の小さな家だと逃げ隠れする場所もなく、女性も同席してくれる。そして、コスモポリタン都市、ダマスクスだけに、その旧市街の東側地区にはキリスト教徒も多く、そこでは、女性が気さくにお相手をしてくれた。

こうした楽しい現地調査を体験したゼミ生のなかから、新井勇治君が何とダマスクスへ国費留学生として3年間、留学することになった。彼の滞在中、クリスマス、正月の時期にダマスクスを再び訪ねた。アラブの中庭型住宅にクリスマス・ツリーが飾られているのを見るのは、感動的でもあった。コスモポリタンで文化的な都市という印象を強くもったのだ。平和な時代の豊なイメージに包まれたダマスクスの旧市街での空間体験が私のなかで、しばしば蘇る。

同じシリア人同士で対立し、戦火のもとにさらされているダマスカスの旧市街を思うと、本当に心が痛む。早く平和と安定を取り戻し、歴史と文化を誇るシリアの素晴らしい都市が立派に再生される日が早く来ることを、心より祈っている。

※写真はすべて©陣内秀信

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