ジャパン・プラットフォーム(JPF) 公式ブログ

緊急人道支援組織、認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログ。NGO・経済界(経団連、企業など)・政府(外務省など)が連携し、国内外の緊急人道支援を実施。寄付金・募金受付中。

新型コロナウイルスと災害、新しい避難を考える その2 ~益城町での避難所運営訓練(熊本地震被災者支援)

こんにちは!ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部熊本担当の斎藤です。

5月24日、益城町の総合体育館において、新型コロナウイルス感染の状況下での災害を想定した避難所運営訓練が実施され、私もオンラインで参加した26日開催の第275回火の国会議の中で、訓練の様子が共有されました。 

今回のブログでは、そこから見えてきた課題なども含めて、コロナ対応をふまえた避難の在り方を、梅雨入り前のこの時期に紹介します。

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©KVOAD

◎訓練の概要

  • コロナ下での災害時、町職員を対象とした避難所立ち上げと運営訓練
  • 個人防護具(Personal Protective Equipment; PPE)着脱、受付開設、居住区設置、生活空間設置、体調不良者対応、避難所駐車場の車中避難者の受付
  • 各訓練の検証

くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)のホームページより、訓練の様子を動画(約5分)でもご覧いただけます。

【新型コロナウイルス感染症対応避難所運営訓練】

2020年5月24日@益城町総合体育館                                 https://www.kvoad.com/2020/05/blog-post_26.html

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©KVOAD

避難所の運営の主体は、本来は避難者である住民です。しかし、感染症拡大の深刻な可能性がある初めての課題に取り組むため、運営の主体は市の職員とした訓練となっていました。訓練の結果、以下のようなことがわかってきました。 

段ボールの間仕切り

飛沫感染防止のため、立ち上がった状態でも広がりづらい2メートルの高さが望ましい。また、空間を今までのようにカーテンではなく、ダンボールで囲うことで生活空間内の温度が上昇するため、特に夏場には熱中症リスクも考慮する必要がある。

ダンボールへ直接消毒ができないため、事前にビニールでラッピングしておくことで消毒作業を軽減できる。

避難所の収容可能人数と仮設トイレや手洗い場の設置

通常の避難時だと300人程度収容できる場所だが、フィジカル ディスタンシング(ソーシャル ディスタンシング)を考慮に入れた訓練では50人程度になった。今回は、既存のトイレが使用できる前提での訓練であった。

避難者の安全確保

感染症対策をしたうえでの避難所運営では、受付時に全員の避難者情報を登録することにしたため、安全対策面のレベルはあがるのではないか。

車中泊避難の場合、場所の安全性や避難者の安全確保

県の指針では、車での避難場所は避難所以外の場所を推奨している。ナンバーを含めた避難者の情報を、受付で登録する。

被災地以外からのボランティアや支援団体の受け入れ

感染拡大のリスクを考慮しながら、被災地の要請に応じて受け入れる場合もあれば、受け入れを止めざるを得ない場合もある。

被災地以外からのボランティアや支援団体のマンパワーに頼れない場合の、被災地の中間支援組織の必要性

これまで以上に被災地が中心となって対応できる力をつけ、それを(場合によっては遠隔で)サポートできるような外部支援との調整機能が重要となる。

毎年のように豪雨災害が発生し、また、震度4を超える地震が各地で頻発する中、益城町の取り組みを、他の地域でも参考にしていただければと思います。 

JPF地域事業部 

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◎関連報道

朝日新聞 2020年5月27日9:00

https://www.asahi.com/articles/ASN5V72GZN5VTLVB00V.html

テレビ熊本 2020年5月25日19:48

https://www.fnn.jp/articles/-/45782

FNN 2020年5月24日

https://www.nippon.com/ja/news/fnn2020052445413/

熊本日日新聞 2020年5月24日 20:30 

https://this.kiji.is/637251537133028449

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©KVOAD

 

新型コロナウイルスと災害、新しい避難を考える ~熊本地震復興祈念ミーティング2020(熊本地震被災者支援)

世界的に拡大している新型コロナウイルス感染症(COVID-19)により、亡くなられた方々およびご家族、関係者の皆様に謹んでお悔やみ申し上げますとともに、罹患された方々には心よりお見舞い申し上げます。また、医療や行政の関係者の皆さまを始めとする感染拡大防止にご尽力されている皆さまに深く感謝申し上げます。

 さて、ここ数年の豪雨・台風被害によって、現在も避難生活を送られている方々がいらっしゃいますが、九州では、2017年から連続で、特に北部地域が大きな被害を受けています。そして、今年も豪雨などへの不安の高まる時期が迫ってきています。

【感染拡大を防止しながら、どのような支援が可能なのか?】

 5月5日、特定非営利活動法人くまもとLRネットの主催で、災害時の住民避難サポートの在り方を検討する「熊本地震復興祈念ミーティング2020」がオンラインで開催され、約30名が参加しました。熊本地震や東日本大震災における被災・支援の経験者や団体、東京から支援を継続している団体などが参加し、2つのテーマについて意見交換しました。

テーマ1:もしも今、大規模な災害が起きたら?

特定非営利活動法人くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD) の樋口務さんより、近々に起こる災害では、3密となってしまう避難所には避難できない状況が予想されること、そして、他地域からの団体やボランティアの支援を得ずに、地元のみでの復旧対応が必要となることへの問題提起がありました。

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テーマ1 樋口さん(右上)©JPF

 まず、現実的な避難のパターンとして、2016年の熊本地震の避難形態で多かった車中泊と在宅での避難がさらに多くなることが予想されます。水や食料は、ここ数か月で意識が高まり備蓄されている方も多いでしょう。そうすると、一番問題となるのは何でしょうか?それは「トイレ」です。熊本地震でライフラインが復旧するまでの期間、車中泊の車が集まった場所はトイレのある大きな施設の駐車場や避難所の近くでした。また、在宅避難の場合も、多くの方は避難所のトイレを使用していました。

 では、密の状態を作り出さずにトイレを確保するにはどうしたらいいのか?各家庭で、災害用トイレの準備はできるかもしれませんが、限界もありそうです。樋口さんのアイデアは、指定避難所だけでなく、町内会や校区、マンション棟ごとが「避難所」となるように行政と連携して仮設トイレを設置し(手洗い場をセットでつけることが重要)、併せて物資の受け取りを可能にする仕組みを作るというものです。

 もう一つの問題点、被災地外からボランティアや支援団体が入ることが難しくなることも、被災地にとって大きな痛手になります。被災地外からのマンパワー以外での支援方法について、JPF斎藤から皆さんに意見を聞いてみました。「オンラインでの情報提供や支援策の提案」、「被災地外だからこそできる物資支援の調整」など、被災地の中と外をつなぎ、双方向でのコミュニケーションを確立する中間支援の役割が重要になりそうです。

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テーマ1 斎藤(左下)©JPF

テーマ2:被災地でのICT活用とその後

 ここ数か月で、様々な場面においてオンラインで繋がろうという動きが加速しています。しかし、やり方もわからない、繋がるための環境すら無いという人たちも多くいるはずです。東日本大震災で、岩手県釜石市における支援活動の中心的役割を担ってきた、特定非営利活動法人@(アットマーク)リアスNPOサポートセンターの鹿野順一さんから、当時の状況と活用のきっかけについて共有がありました。

 津波により、行政システムだけでなく町全体がほぼ機能しない中で、ICTの導入は外部支援者からの提案で持ち込まれたそうです。画面上で顔を見ながら話せることのメリットは実感しつつも、当初、やむを得ずそれぞれの場所で仕事を続けていた形態は、やがてICTの積極的活用の流れを生み出し、新しい仕事の創出にも繋がっていったそうです。既存の方法では立ちいかなくなった時に、未知の方法を、半ば強制的ではあっても前向きな気持ちで取り入れていったことが、結果として、飛躍への大きな要因になったという勇気づけられるお話でした。

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テーマ2 鹿野さん(左上)©JPF

 また、熊本や東日本をはじめ、ここ数年の豪雨や地震で被災した多くの地域において、仮設住宅や在宅避難で現在も避難生活を送っている多くの方々が、新型コロナウイルスの影響によって二重の被災になっているという話もありました。長期に渡って避難生活を送る方たちのために、様々な分野が連携した、新しい見守り支援の体制が必要とされると強く感じました。

 JPFでは熊本地震被災者支援において、県域ではKVOADを中心に、市町村域では地元で復興を担うリーダーたちを発掘し、「この地域で災害があれば、彼・彼女たちに頼めば大丈夫!」という体制を共に築く支援を継続しています。長く続く復興期の支援において、地域の力を強化しておくことは、次の災害支援のための種まきにもなるのだと改めて実感しています。

JPF地域事業部

▼JPF熊本地震被災者支援 https://www.japanplatform.org/programs/kyushu-disaster2016/

▼JPF東日本大震災被災者支援  http://tohoku.japanplatform.org

▼くまもと災害ボランティア団体ネットワーク https://www.kvoad.com/

▼@リアスNPOサポートセンター http://rias-iwate.net/

福島の避難指示解除地域と困窮者支援(東日本大震災被災者支援)

ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部の山中です。

今回は、2月に、いわき市内で開催された交流イベントと福島の避難指示解除地域の現状について、「困窮者支援」と「フードバンク」という観点から現地での活動をご紹介させていただきます。 

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 2月16日、いわき芸術文化交流館アリオス前の広場で、いわき大交流フェスタが開催され、数多くの団体が出展し、雨天にも関わらず2,000名近くの方が来場されました。JPFが業務委託契約を結んで協働する、県域中間支援組織の「ふくしま連携復興センター」、浜通りいわきの中間支援組織「みんぷく」の2団体、そして、「共に生きる」ファンド助成先団体である「ザ・ピープル」が合同で困窮者支援ネットワークのブースを出しました。

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ザ・ピープルのブース(いわき大交流フェスタ)

 ブースでは、フードバンクによる困窮者支援モデルのチラシなどを配布しましたが、緊急を要する食糧支援の要請は、どんどん増えていて、昨年度は90ケース以上の依頼があり、今ではいわきだけでなく、避難指示解除地域の自治体や福島県の中通り地域からの要請も増えています。10%以上が避難者からの緊急を要するニーズです。避難指示解除に伴い様々な支援策も打ち切りになる中、困窮状態に陥る避難者が増えています。食糧支援の内容は、数日分~2週間分と、ニーズや要望に合わせて変わります。このモデルでは、行政や社会福祉協議会を通して支援が行われますが、支援スタッフからは、フードバンクがあって本当に良かったという声が聞かれます。 

 昨年、避難指示解除になった大熊町の大川原地区では復興公営住宅の建設が進み、住民の帰還が一部で始まりました。今年3月には双葉町も一部避難指示が解除されましたが、これは住民の帰還を想定したものというよりは、常磐線の再開によるものです。これによって、浜通り経由の品川~仙台間の路線がつながり、富岡でバスに乗り換えて浪江まで行き、浪江からまた電車に乗り換えるという不便な状況は改善されました。

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大熊町大川原地区の様子

 しかし、大川原地区では低線量地域の一部だけに新しい建物が立ち並びましたが、その周りは閑散としており、いまだ線量も高く、農業も商業も、住民の営みは乏しいのが実情です。また、双葉町でも駅周辺は解除になりましたが、他の地区では、住民の帰還のための除染作業などが必要とされている状況です。

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双葉駅とその周辺の様子

 福島では、避難指示 が解除されて一部で帰還が進む一方、それに伴い分断や孤立、生活困窮の問題も出てきていることも見逃せません。もちろん緊急の食糧支援のニーズも増えています。福島は、復興フェーズにおける新たな課題に直面しているのではないでしょうか。 

JPF地域事業部

▼JPF東日本大震災被災者支援特設サイト http://tohoku.japanplatform.org/

▼ふくしま連携復興センター https://f-renpuku.org/

▼みんぷく http://www.minpuku.net/

▼ザ・ピープル https://npo-thepeople.com/



 

「共に生きる」ファンド助成先団体からの近況レポート(東日本大震災被災者支援)

こんにちは!ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部の山中です。

2019年度、地域事業部は、東日本大震災被災者プログラムの2016年~2019年の評価活動を実施。外部の専門家の方にヒアリングと評価を進めていただいております。

その中から特に、今回のブログでは、岩手県と宮城県の「共に生きる」ファンド(以下共生き)助成先団体の今の様子をお伝えします。 

 

岩手の一関で活動する「ほまれの会」

避難所や応急仮設に入られた障がい者の中で、特に発達障がいの方々は、その障がいの特徴のために、出ていくことを余儀なくされ、行き場を失ってしまうことが多々ありました。「ほまれの会」は、そうした方々の居場所としてスタートしましたが、道の駅に近い立地をいかし、畑作業や採れた野菜を使ったお惣菜作り、フラワーアレンジメント等の生業支援とイングリッシュガーデンのある素敵な居場所を提供しています。今ではここの花で作ったフラワーアレンジメントや多肉植物の小鉢、デニムバッグなどが、道の駅で好評とのことです。

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 ※バッグに使用するデニムは工場が被災された気仙沼の及川デニムさんから生地を無償で支援していただいています。 

JPFスタッフも何度かお邪魔させていただいた素敵なイングリッシュガーデンで、障がい者の方々も落ち着いた日々を過ごされているようです。 

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宮城県の気仙沼で活動するFish Market38

特に被災の激しかった気仙沼の唐桑地域等の小規模漁業を中心に、地元の社団法人を通して支援しています。初めは加盟団体の日本国際民間協力会(NICCO)を通じて支援をしていましたが、今は地元団体がその活動を継続しています。当時はNICCOのスタッフとして働いていた女性も今ではFish Marketの代表として、魚を捌いたり、市場に活魚を出荷しに行ったりしています。活動を現地化する際には、JPFスタッフが地元の漁師さんとの話し合いに参加させていただくこともありました。なお、最近は魚介類の価格が上がってきているため、収益も良くなっているとのことです。今は新型コロナウィルスの影響で大変な状況も続いていますが漁師さんたちは元気に今日も頑張っています。 

夜の魚市場はひっそりと静まり返っていますが、出港していった漁船を出迎えるために、灯りが煌々と照らされています。

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※夜の出荷作業は大変な重労働です。 

共生き助成先団体が、これからも、しっかり地に足をつけて持続的に活動を展開されていくことを願っています! 

JPF地域事業部

 

岩手県陸前高田市への出張の合間に(東日本大震災被災者支援)

こんにちは!ジャパン・プラットフォーム(JPF)事務局(地域事業部&広報部)です。 

今回は1月下旬に「共に生きる」ファンド(以下共生き)事業実施団体へのヒアリングのために出張した陸前高田の様子を簡単にご紹介させていただきます。

北上駅で集合したJPFスタッフは、車で陸前高田に向かいました。約2時間の行程です。陸前高田市に入り、清流気仙川と並行して走る高田街道を南下すると途中「川の駅よこた」が見えてきます。しばし休憩ということで屋内を覗いてみると、震災前の高田松原周辺の写真も飾られていました。

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陸前高田市街地に入り、共生き事業実施団体「陸前高田まちづくり協働センター」との約束の時間までの約40分程でしたが、高田松原復興祈念公園にも立ち寄らせていただきました。

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東日本大震災津波伝承館を見学する前に、防潮堤に向かいました。防潮堤の上にある献花台から海の方を望むとかつての美しい松原の再生を目指して、数多くの若木が植林されている様子がわかります。また、海に向かって右の方向には、背景と重なって少し見辛いのですが、震災遺構の1つである「奇跡の一本松」も立っています。

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防潮堤から伝承館に向かうところ、JPF地域事業部スタッフがすれ違う方と顔を見合わせ、お互いに「あれっ」と声が。かつての支援活動の仲間と偶然に再会しました。以前はJPF加盟NGO所属として陸前高田に入られていましたが、現在は、地元の特定非営利活動法人パクトに移り、子ども支援を担当されているそうです。

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伝承館の中では、日本を襲った津波の歴史、東日本大震災における津波の状況、被災者の証言などを知ることができます。また、館内には、津波で押し流された消防車が痛々しい姿のままで展示されています。

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陸前高田の市街地では、嵩上げされた区画にショッピングセンターなどが開業し、建設途中の野球場なども見られました。まだまだ空いている区画も多いなという印象は否めませんが、復興祈念公園内の伝承館のような津波被害を後世に伝えていく施設も存在します。 

ヒアリングさせていただいた陸前高田まちづくり協働センターは、陸前高田の中間支援団体として、ネットワーク形成や、住民主体の復興に向けたコミュニティ形成支援、更に、高齢者の社会参画支援などの事業を展開されています。陸前高田の象徴の1つでもある松原の再生とともに、地域の復興へと歩みを進められることを願っています。

 

▼東日本大震災津波伝承館

https://iwate-tsunami-memorial.jp/

▼陸前高田まちづくり協働センター

https://rtmachikyodo.jimdo.com/

▼特定非営利活動法人パクト

http://pact-rt311.org/

 

JPF事務局





ジェシカ・アレクサンダーさんの台風19号被災地訪問(令和元年台風被災者支援)

こんにちは!JPF地域事業部(福島担当)の山中です。 

今回のジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログでは、2019年7月のブログ( http://blog.japanplatform.org/entry/2019/07/11/130125 )にも寄稿していただいたジェシカ・アレクサンダーさん(Ms. Jessica Alexander)のレポートを紹介させていただきます。アレクサンダーさん(フルブライト奨学金受賞研究員、上智大学客員研究員)は、ニューヨーク大学及びコロンビア大学の大学院で、人道支援の効果とアカウンタビリティについての講義を担当し、これまで自然災害・紛争による人道危機における評価と対応を数多く経験しています。著書には『カオスを追う:人道支援を内外より見つめた十年(原題Chasing Chaos: My Decade in and out of Humanitarian Aid)』があります。 

今回のアレクサンダーさんのいわき市訪問では、現地で活動する地元団体やJPF加盟NGOへの聴き取り調査を行っています。いわき市の直面する問題、支援活動などについての考察がまとめられていますので、是非ご一読ください。(※今回の内容は、中立的な第三者の意見・コメントであり、JPFの見解を代弁するものではありません。)

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20191012日、台風19号が日本に上陸しました。今年日本に上陸した19番目の台風は、過去数十年の中で最も強力な台風となりました。数十人の方が亡くなり、複数県にまたがり深刻な水害を引き起こし、何万戸もの住宅が被災するなどの甚大な被害をもたらしました。本報告はいわき市で継続中の復興事業や、台風の影響を受けた地域が未だ直面している問題に焦点を当てています。以下の報告内容は、20191111日にいわき市にて特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR)、特定非営利活動法人ザ・ピープル、一般社団法人ピースボート災害支援センター(PBV)の各団体のスタッフを訪問し、現地で行った聞き取り調査に基づいています。

早期警告と避難

 台風上陸前までには、メディア報道や防災行政無線の屋外スピーカーによる早期の警告は広範囲にわたっていたものの、山間部に暮らす多くの住民に対しては効果を発揮しませんでした。2011年の東日本大震災以来、避難システムと言えば沿岸部を中心とした防災スピーカーの使用に重きが置かれてきました。そのため、今回も沿岸部の住民には情報が行き渡りましたが、内陸部に暮らす人々へ情報を届けるには不十分な仕組みでした。今回の台風による大雨で特に水害の影響を受けやすい地域で生活していたのが、こうした山間部の住民です。メディアによる報道では、日中に長野県の千曲川が決壊したことが大きく取り上げられていましたが、いわき市、郡山市、本宮市、および伊達市に影響を及ぼした夏井川や阿武隈川が夜間に氾濫したことは十分に取り上げられていません。どの様な情報をどの様に伝達すべきかを考える際、様々な住民の方が直面する状況に応じた内容と手段を選び、適切なものを強化する必要があります。

  東日本大震災から8年が過ぎ、人々の間では災害を警戒する気持ちや防災準備が疎かになってきています。ヒアリングを行った際、「以前はもっと警戒していたが、8年が経って皆が災害について忘れてきていたので、今回の被災には本当に驚きショックを受けた」という回答もありました。一般論として、人は、「何か起きるとしても自分には起きない」と思いがちです。今回こうした考えを後押ししてしまったのが、いわき市内での降水量の少なさでした。いわき市より上流の山間部で1時間に900mmという未曾有の大雨が降り、その結果夏井川が氾濫して下流の町々で浸水することになるとは、いわき市の人々は予測できませんでした。

人々は、自宅の窓から見える雨が激しくなかったので、これ程の水量になると想像もつきませんでした。自宅でのんびりしていたら急に河が氾濫し水位が上昇してきました。そこで自宅の二階や屋根の上へと避難するしかありませんでした。屋根の上で一夜を明かした人もいました。

 避難勧告がショートメッセージ(SMS)を通じて発信されたこともあり、本災害の影響を受けた住民は高齢者に偏りがでました。高齢者の中には自力避難ができない人もいました。いわき市のNPO法人「みんぷく」は、今後の災害時には避難支援ができるよう、高齢者の方々の居住場所を特定しておく活動をしています。しかし、これらの町の多くでは、避難支援に携われる若者の人口が少ないという現状があります。リスクコミュニケーション(非常時等に関する関係者間同士の意思疎通)は、お祭りやイベント等の人々が関心を持って参加できるような日常生活の中の活動と結びつける必要があります。行事やイベントは、住民同士が住んでいる場所などお互いを知り、防災の一環として地域の結びつきを育むという意味でも重要です。

いわき市の被災者が直面する問題

 2011年の東日本大震災の教訓を活かしきれず避難所の状況は厳しいものです。今回の被災者の8割以上が、被災した自宅の2階以上で生活する自宅避難や車中避難を選択しています。避難所は様々な障がいのある住民のニーズに応える準備がないため、障がいのある被災者にとっては更に厳しい状況です。高齢者と障がいのある人々は自宅から動けずにいます。

 水害・水災保険に入っていた被災者は、家屋そのものの被災には保険を使えましたが、ヒーター、ストーブ、冷蔵庫、その他の家電製品、自動車などの家屋以外の物には使えませんでした。人々は車がないと仕事に行けません。特に冬を迎えるにあたり、これらを買い換えることが一番大きなニーズです。中には寄付された物もありますが、実際に必要な物は、これまで受けた支援の約2倍だと推測されています。

人々は将来のことは考えられず、いま目の前にある状況に対応するのみです。

 全ての幼稚園・保育園が休園してしまったため、子育てをする住民は園の再開まで出勤せず自宅で子どもの世話をしています。

NPOによるいわき市民への支援

 いわき市のボランティアの数は、復興支援事業に必要な人数に足りません。ボランティア不足は、日中に決壊した長野の千曲川がメディアで大きく取り上げられ、ボランティアの大半が長野の被災者の支援に向かったことも一因です。千曲川周辺の被災も深刻でしたが、夏井川と阿武隈川の氾濫によりいわき市、郡山市、本宮市、伊達市にもたらされた被災はもっと深刻でした。浸水被害を受けた家屋の床下の土砂除去作業は、来春に植物が生え始めるとより大変になると予想されます。ボランティアの支援がなければ、住民が自宅で作業にあたらなくてはいけませんが、高齢者も多く住民だけでは作業に限界があります。

 AARのような団体では、活動範囲を広げ、長野県と丸森町(宮城県伊具郡)の避難所で温かい食事を提供する事に加えて、障がいのある被災者の方々に資材を配布しています。

 東日本大震災の頃から比べると、支援の調整には改善が見られました。2011年当時は、情報共有会議を立ち上げるのに2ヶ月近くかかりましたが、この度の台風では被災直後に情報が共有できる機会が多くありました。たとえば福島連携復興センター(福島連復)では、地元のNPOの中間支援団体としてNPOと行政をつなぐ役割を果たし、福島県内の情報共有を助けました。また、NPO法人ザ・ピープルといわき市社会福祉協議会も情報共有を支援しています。

 ザ・ピープルは、いわき市で過去30年にわたり、古着を集めて再販することでゴミを減らす活動をしているNPOです。この事業の収益で、障がい者を雇い古着の洗濯の仕事をしてもらうことで、小さいですが障がい者雇用の機会を創出しています。水害以来、この団体では被災世帯に衣服、タオル、水を提供しています。更に、フードバンクを通じての食品の提供も行っています。参加者の半数が独居の男性です。

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 ピースボートでは避難所に行かず自宅の2階以上で避難生活をしている被災者に衣服、食べ物、水、子ども向けのお菓子を配布しています。センターには毎日6070名が訪れ、地域住民がボランティアとしてセンターの運営を手伝っています。また、ピースボートが主催するサロンは、被災者が自分達に何が起こり自宅をどうしたら良いのかという情報を共有するのに効果的な場です。多くの住民にとってこのような被害を受ける被災は今回が初めてで、家屋の補修の仕方も分からないため、サロンを通じて経験を共有することで助け合っています。

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被災者生活再建支援金の支給程度

 千曲川が決壊し家屋が大雨で流された長野では、被災者生活再建支援金の支給額が高く、避難所へ避難できて、仮設住宅に入居できる被災者もいます。しかし、いわき市に多い被災者のように浸水で家屋が全壊には至らなかった場合、家屋の補修に上限60万円が支給されるだけです。いわき市の被災者も避難所へ避難する選択はありますが、行政の運営する公営避難所へは行かず、自宅でまだ生活が可能なので自宅避難を選ぶ人が多いです。被災者の中にはJPF加盟団体等の支援を受けて自主避難所を立ち上げた人もいます。

 支援金の支給程度に差があることで地域社会が分断されています。家屋の被害の程度ではなく浸水の深さによって公的支援金の支給額が決まりますが、この支給の仕方だと、国が被災者を分断しコントロールしやすくするだけだと言う人もいます。現在の支給額は必要な補修や復興には不十分であり、「一番必要としている人々ではなく東京(本社)が潤う」ことになる建設会社ではなく、より大きな額が被災者の手に直接渡るようにすべきだという声も上がっています。

 JPF地域事業部(福島担当) 山中 努

Visit with Japan Platform to Project sites in Iwaki

On October 12, 2019, Typhoon Hagibis made landfall on Japan. Although it was the 19th typhoon to hit Japan this year, it was the most powerful in decades. The typhoon caused significant damage, leaving dozens dead, severe flooding across numerous prefectures and tens of thousands of homes damaged. This report highlights some of the ongoing recovery efforts in Iwaki and the issues still facing communities affected by the typhoon. It is informed by interviews and field visits with staff of AAR, The People and Peace Boat in Iwaki city on November 11, 2019.

Early warning and evacuation

·         While early warnings through media broadcasts and neighborhood loudspeakers were extensive leading up to the typhoon, they were largely ineffective for residents living in the mountainous areas. Since the 2011 GEJE, the evacuation system has primarily focused on the use of loudspeakers along the shoreline. While coastal residents were informed, there were insufficient communication mechanisms to reach people who lived inland. Incidentally these were residents most vulnerable to the flooding from the heavy rains in the mountain areas. Media broadcasts focused on Chikuma river in Nagano where the flooding was happening during the daytime. Yet the flooding of the Natsui and Abukuma rivers, affecting Iwaki, Koriyama, Motomiya, Date was happened at nighttime and did not receive sufficient attention. Messaging and communication channels thus need to be contextualized and reinforced for the conditions that face different residents.

 

·         Eight years since the GEJE, people’s vigilance about preparations for disasters has significantly decreased. As one respondent said, “Our awareness used to be higher, but after 8 years everyone has forgotten. We were very very surprised and shocked by this disaster.” Generally people have a mentality of “it won’t happen to me.” Contributing to this was that rain levels in Iwaki were quite low. People did not expect the unprecedented quantity of rain in the mountain area above Iwaki, with 900 mm falling per hour, causing the nearby Natsui river to flood, and inundating towns below.

People didn’t expect the level, as the rain outside their windows wasn’t so hard. They were relaxing in their houses and the river flooded, and suddenly the water was so high. They just went to the second floor or on top of their roofs. Some spent the night on the roof.

 

·         The elderly were disproportionally affected by the disaster as evacuation notices came by SMS which did not reach them. Some did not have the capacity to evacuate. The representative of local NPO in Iwaki named ‘Minpuku’ is working to identify where elderly people live to ensure they are assisted during future evacuations. However, few of these towns have young people who can support such activities. Risk communication needs to also be linked to daily life activities – festivals or events – for people to have interest and attend. These activities are also critical for people knowing each other, where they live and making connections as a form of preparedness.

Issues facing affected people in Iwaki

·         Conditions in evacuations centers are still poor despite lessons from 2011 GEJE. Over 80% of people affected by the typhoon have opted to stay on the second floor of their damaged home or sleep in their cars. For disabled, the situation is even more difficult as the centers are not equipped to deal with their special needs. Elderly and disabled cannot move from their damaged houses.

·         For those with flood insurance, it has covered damage to the homes themselves, but not the materials inside such as their heaters, stoves, refrigerators, appliances or cars. Without their cars, people cannot get to work. Replacing these items, especially during winter, are some of the greatest needs facing people now. Some replacement materials have been donated, but the need is estimated to be twice as much as what was provided.

People can’t think about their future, just do what’s in front of them.

 

·         All of the kindergartens are closed and so parents have to stay home and care for their children until they are reopened.

NPO support to Iwaki residents

·         In Iwaki, there are fewer volunteers to support recovery than what is needed. This is partly due to the extensive media coverage of the      Chikuma river in Nagano, which happened in the daytime. Most volunteers therefore went to support affected people in Nagano. While the flood there was very serious, the flood      in Natsui and Abukuma rivers, affecting Iwaki, Koriyama, Motomiya, Datewas  was even more severe. Mud removal under the floors of damaged houses is anticipated to cause problems next spring when vegetation begins to grow. Without the support of volunteers, people are expected to fix their houses themselves, many of whom are elderly and are unable to do the job.

 

·         Organizations like AAR have expanded their activities to provide materials for disabled people who were affected as well as distribute hot meals to evacuation centers in Nagano prefecture and Marmori town.

 

·         There have been improvements in coordination since the GEJE. In 2011, it took nearly 2 months to set up an information sharing meeting. But after the typhoon there were more immediate opportunities to share information. Fukushima Renpuku (Fukushima Renkei Hukkou Center), for example,  was an intermediary organization for local NPOs that passes information to and from the government and has helped with information sharing in Fukushima. The NPO “The People” and Social Welfare Council of Iwaki city are also supporting information sharing.

 

·         The NPO, “The People,” has worked for 30 years in Iwaki to decrease trash by collecting used clothes and reselling them. With these proceeds, they are able to employ handicapped people to wash the used clothes, thereby creating a small work opportunity for them. Since the floods they have supported victims by providing clothes, towels and water to affected families. They have also provided food through a food bank to those in need. Half of the people who attend are men living alone.

 

·         Peace Boat is also supporting people who have opted to live on the 2nd floor of their homes instead of going to evacuation centers by providing clothes, food, water and sweets for children. About 60-70 people from the community visit the center each day. Volunteers from the community have come to help staff it. The salon run by Peace Boat has been an effective way for people to share information about what happened and what to do with their houses. For most people, this was the first time they have experienced this kind of damage and so don’t know how to repair their homes. This is a way they can share experiences and help each other with repairs.

Compensation levels for affected people

·         In Nagano, where the flooded Chikuma flood washed houses away, people receive higher compensation, can go to evacuation centers and are eligible for temporary housing. However in Iwaki where the flooding didn’t completely destroy homes, people are eligible to receive up to 600,000 Yen to repair their homes. These people can decide whether or not to go to evacuation centers, but many choose not to go to the official, government supported ones because technically they can still live in their homes. Affected people in Iwaki have established an informal evacuation center by themselves, supported by NPOs such as the JPF Alliance.

 

·         The varying compensation provided by the government has divided communities. Families received government compensation depending on the level of water, not the extent of the damage. Some believe this is a method of the government to divide people and better control them. Still, the compensation is insufficient to do the proper reconstruction that is needed. People have called for larger compensation to go directly to victims, not to construction companies which just “makes Tokyo rich but does not support the people who need it most.”



 

「共に生きる」ファンドのモニタリングで米沢市と郡山市を訪問(JPF東日本大震災被災者支援)

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こんにちは!JPF地域事業部(東京事務所)の山崎です。 

 

JPFでは、約10年にわたり、海外事業、緊急対応、そして、渉外などを担当してきましたが、20198月からは初めて地域事業を担当することになりました。いわば最古参の新人です。地域事業部では主にJPF東日本大震災被災者支援の「共に生きるファンド(以下、「共生き」)に関する事務作業を東京事務所で行っています。共生助成事業の事業内容の変更の調整や実施状況のモニタリングのためにときどき出張もしています。 

 

少し前になりますが、8月の終わりにも山形県米沢市と福島県郡山市に出張しました。JPF東日本の福島担当と、「共生き」助成事業のモニタリング業務を委託している「ふくしま連携復興センターのスタッフの方に同行です。 1日目の道中、道の駅 米沢で昼食。米沢と言えば自分の頭には真っ先に「米沢牛」が思い浮かびますが、米沢牛ステーキは手が出ないので、今回は、米沢牛カレー。

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おなかが満たされた後、「共生き」助成団体の一つ「青空保育たけの子」の活動拠点におじゃましてまいりました。 青空保育たけの子さんでは主に、福島の被災者や米沢に避難した家族に週末などにゆっくりしてもらえるよう、また、子どもたちが自然の中で遊べるよう、米沢で活動を行っています。 「共生き」では、古民家を利用した宿泊施設の運営体制の整備や、「冒険遊び場」の整備、運営に対して助成をしています。 今回の訪問では、宿泊施設にカフェを設置したということで、それも見させていただきました。 

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カウンター席で6席程度のお店は、8月末のプレオープンの時にはカレーやコーヒーなどを準備しているとのことでした。今後も来園者にゆっくり楽しんでもらえるよう、設備やイベントプログラムなどを充実して行っていただければと思います。 

 

翌日は福島県郡山市の「しんせい」に行ってきました。 

しんせいさんでは、主に東日本大震災で被災した障がい者の方々の就労支援活動を行っています。企業や他のNPOと連携して、お菓子やバッグといった様々な製品を生み出しています。 

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「共生き」の助成では、仮設住宅の生活実態調査や支援状況の確認、団体運営基盤強化のためのスタッフの能力強化などを行っています。SDGsの“誰も取り残さない(Leave no one behind)世界”の実現に向けて活動を続けていただければと思います。 

 

JPF 山崎久徳