ジャパン・プラットフォーム(JPF) 公式ブログ

緊急人道支援組織、認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログ。NGO・経済界(経団連、企業など)・政府(外務省など)が連携し、国内外の緊急人道支援を実施。寄付金・募金受付中。

福島市で「ふくしま連携復興センター 台風19号被害対策会議」に参加しました

ジャパン・プラットフォーム(JPF)の山中です。

 はじめに、台風19号による被害の影響で亡くなられた方々のご冥福をお祈りするとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。

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「ふくしま連携復興センター 台風被害対策会議」の様子

 今回のブログでは、ふくしま連携復興センター(れんぷく)主催で、1016日に開催された「台風被害対策会議」について、簡単に紹介させていただきます。実は、同日には、れんぷく主催の「困窮者支援ネットワーク」セミナーが予定されていましたが、台風19号による福島県の各地での被害の甚大さを受けて、急遽、福島県内外の関係者に呼び掛けて開催される運びとなったものです。

 被害状況の調査のために福島入りしていたJPFスタッフも、対策会議に同席いたしました。会議には、福島県内外から行政、企業、大学、NPO、社協等の関係者、約40名が出席し、今後の支援体制案についての意見交換や被害情報の共有などが行われました。

 まず、支援体制作りとしては、福島での支援活動を効果的に実施するために、各団体が参加する「ふくしま災害支援活動プラットフォーム」を立ち上げ、情報収集や発信、外部との連携、資金調達などを統合する案が挙げられ、立ち上げの準備を進めていくことになりました。

 次に、各参加者が把握されている福島県内の被災地の状況や支援ニーズ、その時点での支援の動き、災害対応の知見・経験を踏まえた今後の支援の課題などについて、情報共有や意見交換が行われました。

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「ふくしま連携復興センター 台風被害対策会議」の様子

 今回被災した地域には、東日本大震災からの復興・再建を進めていた方々や、新たに移り住み、再出発に向けて歩み始めていた方々もいらっしゃるかと思われます。現在、福島を含めた広域にわたる被災地を対象としたJPF「令和元年台風被災者支援(台風15号、台風19号)プログラム」が開始されておりますが、JPF加盟NGOとともに、地元行政、社協、企業、団体などと連携・協力しながら、被災者のこころに寄り添ったきめ細かな支援を展開してまいります。

▼ふくしま連携復興センターの活動はこちら
https://f-renpuku.org/

JPF 山中努

 

 

 

「JPF東日本大震災被災者支援:福島県川内村に見る日本の課題への取り組み」

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黄金色に輝く川内村の稲穂

こんにちは!JPF地域事業部(福島担当)の山中です。

今年度、JPFは福島に残された課題に対応するネットワーク体の立ち上げ、運営の支援などを行っています。具体的には、避難指示解除により帰還が進む川内村の「川内コミュニティ未来プロジェクト会議(以下、川ニティ)」、避難先と帰還先の繋がりが求められる飯館の村内外を繋ぐ「飯館ネットワーク」による「飯館未来会議」など、帰還後のコミュニティづくりに力を入れています。

また、専門家のみならず地域住民の方々などと連携して心のケアの裾野を広げる(心理社会的支援の)ための「福島広域心のケアネットワーク」、避難指示解除による帰還と避難先の移動の問題などで困窮状態に陥る方々のための「困窮者支援ネットワーク」の運営支援を行っています。

今回のブログでは、比較的早期に避難指示が解除され、帰還が進む川内村の「川ニティ」の取り組みをご紹介させていただきます。少子化・高齢化による地域文化の伝承の危機など、今後、日本全国で直面するだろう課題にいち早く取り組んでいる事例としてご紹介したいと思います。

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川内村の林道を行く

 川内村では、避難指示解除後に帰還した人の多くが高齢者で、子どものいる若い世帯については、避難先の近隣都市である郡山などでの生活を続け、帰還も約半数に留まっているのが実状です。そんな中、子どもたちの集まる場、つながる場を提供し、子どもたちを中心にコミュニティを再生しようと、地元の婦人会や学童保育、学識者、若手芸術家、地域観光施設、郵便局、川内で活動するNPO/NGO、任意団体等の方々で「川ニティ」を立ち上げました。

これまで、「川ニティ」では、「川内っ子を育む井戸端会議」を皮切りに、自然と共存してきた暮らしを伝えようと「ふるさと学校」を開催してきました。第一回目は、川内村で太古から人々の暮らしを支えてきたイワナをテーマにし、「いわなの郷」という施設で、イワナ釣り、イワナ料理の体験教室を行いました。第二回目は、川内村の冬の暮らしをテーマに、昔ながらの自然と共に丁寧な暮らしをされていて、映画「家路」の舞台にもなったお宅に伺って、庭や畑で餅つきやしめ縄作りの体験教室を行いました。 

今年の6月には、地域学、地元学の専門で民俗学者である結城登美雄先生をお招きして、村民向けのワークショップを2日間に渡り行いました。両日とも大盛況で、活発な意見交換が行われました。村民主体で川内村の自然と共存してきた暮らしの価値を再確認し、それを体系化して形に残し、子どもたちを通して未来に伝えて行く上で非常に有意義な集まりとなりました。(尚、この回のワークショップの経費は全てカトリック鷺沼教会の皆様からのご寄付によって賄わせていただきました。)

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川内村でのワークショップの様子

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伝統的な工芸品について解説する結城先生

川内村では餅つきが年に40回以上行われてきましたが、それは餅をつき、お餅とお酒をお供えするという晴れの神事でした。その日は仕事を休み、奉納された餅を食べ、お神酒を飲み踊り騒ぎました。この晴れの餅つきの日を増やすというのは、お米がお金で年貢の取り立てが厳しく設定されていた頃は、むしろ労働闘争と富の分配という意味合いもありました。

また、川内村は木戸川と夏井川が丁度交差するところにあり、水が豊かで植物の種類も多く、炭にできる木の種類が最も多いと言われています。川の滋養も豊富で昆虫も多く、綺麗な水にしか住むことのできないモリアオガエルを始め、めずらしい固有種も生息します。食べ物や飲み物も、イワナや漬物、地酒を始めこの地特有のおいしいものがたくさんあります。

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モリアオガエルやイワナの生息する川内村の清流

これからは、自然と共存しながら丁寧な暮らしをしてきた川内村の文化と知恵を体系化し、より広く伝えていくことが重要であると考えています。避難指示解除になった地域で、帰還した人も村外で暮らす人も川内村の村民としてのアイデンティティを共有して将来的にも交流し続けることができる川内村コミュニティ形成として、JPFでも関わっていきます。

 ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部 山中 努

 

 

「JPF熊本地震被災者支援~地域の力をつなぐために」

こんにちは!JPF地域事業部(熊本担当)の斎藤です。 

熊本支援では、毎月、現地に伺って、地元の皆さんと情報共有を行いながら、JPF事業の進捗確認を行うとともに、更にどのようなお手伝いができるのかを模索しています。7月の出張では、主に、JPF事業で助成している4団体、「一般社団法人スタディライフ熊本」「カセスル熊本」「特定非営利活動法人バルビー」「みんなのボランティアステーション」を訪問し、事業に関する相談を受けたり、今後の方向性について話し合ったりしました。今回のブログでは、7月の訪問時の様子などを一部紹介させていただきます。 

7/15、大津町の若者たちのグループ「カセスル熊本」の皆さんを、現地で業務委託している特定非営利活動法人くまもと災害ボランティア団体ネットワーク(KVOAD)のスタッフ、および復興支援の専門家とともに訪ねました。

元々まちづくりの活動で集まっていた、郵便局、社会福祉協議会、町議会議員など様々な職業のメンバーで構成されているこのグループは、災害時にも自然な流れで連携し、中心的な役割を果たしてきました。現在も多角的な情報を元に、フットワーク軽く、具体的な活動へとつなげています。 

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事業終了までより良い支援となるよう、全員で知恵を出し合い中©JPF

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活躍中の軽トラックを確認©JPF

7/16、特定非営利活動法人バルビーの活動について、お話を伺いました。

バルビーのメンバーが実施する仮設住宅でのコミュニティ支援には、たくさんの皆さんから声がかかり、活動によってつながった地域も複数市町村にわたります。JPF事業ではその広いつながりを活かし、仮設住宅から自宅あるいは災害公営住宅に移り、コミュニティを離れることになる方たちを、一人きりにしないような継続的な関係づくりを目指しています。また、熊本県内で現在も支援を続ける地元団体に聞き取り調査を実施して、長く続く復興期だけでなく、今後の災害時にも連携できる関係を構築していけたらと考えています。 

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ここでも、「どんな工夫ができるかな」とみんなで思案中©KVOAD

一方で、移動中に立ち寄った仮設住宅で退去が進んでいることを実感しました。以下の写真のような建設型の仮設住宅の入居率は7月末時点で約3割、既にあるアパートなどを仮の住まいとするみなし仮設住宅も含めると約2割となっています。日本経済新聞電子版(2019813日)では、仮設住宅などのコミュニティから離れた人々が孤立してしまうことへの懸念を報じています(下記ご参照)。

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO48497690T10C19A8000000/

東日本大震災被災者支援でも同じ課題が見られますが、入居者が減ることで住民たちのつながりの維持が難しくなり、また人がいなくなることで防犯の対策も必要となってきます。今回、立ち寄らせていただいた仮設住宅では、見回りに来た自治会長さんたちに、たまたまお会いすることができました。仮設住宅を離れても定期的に通って様子を見てくれているそうです。 

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強い日差しの熊本では雑草の成長の勢いが著しく、草刈りボランティアのニーズは今もあり!©JPF

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空室が目立つ©JPF

来年の夏以降、各地の仮設住宅の住民を集約する動きが予定されています。発災から5年経っても、仮住まいから更に仮住まいへと引っ越さなければならず、地域のつながりもぶつぶつと切れていきます。これをつなぎとめるための対策が、今から必要になってきます。 

引き続きJPFは、現地の皆さんと知恵を出し合う作業を通じて、今後の取り組みを探っていきます。 

★おまけ1

日差しが強く気温の高い熊本で、涼しい場所にも立ち寄りました。Facebookもご覧ください。

【熊本地震被災者支援: 熊本出張~モニタリングの実施】

https://www.facebook.com/japanplatform/posts/2394258467326829?__tn__=-R

★おまけ2

熊本入り初日は大変な大雨でした。途中から同行した、東洋大学の学生さんたちの熊本視察の様子が、KVOADFacebookに投稿されています。

20190714-20190715東洋大学熊本研修】

https://www.facebook.com/kvoad/videos/vb.462039803920665/2567204829984886/?type=3&theater

JPFの熊本地震被災者支援では、長く続く復興を地域でつながることで担う活動を後押しする、「地元の中間支援団体の発掘と立ち上げ事業」を継続しています。

https://www.japanplatform.org/contents/kumamoto_tsunagu/

 ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部 齋藤 真樹

「JPF東日本大震災被災者支援事業 ジェシカ・アレクサンダーさん訪問レポート」

こんにちは!JPF地域事業部(福島担当)の山中です。

今回のジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログでは、201942324日に、JPFの「東日本大震災被災者支援」支援団体を視察したジェシカ・アレクサンダーさん(Ms. Jessica Alexander)のレポートを紹介させていただきます。

アレクサンダーさん(フルブライト奨学金受賞研究員、上智大学客員研究員)は、ニューヨーク大学及びコロンビア大学の大学院で、人道支援の効果とアカウンタビリティについての講義を担当し、これまで自然災害・紛争による人道危機における評価と対応を数多く経験しています。著書には『カオスを追う:人道支援を内外より見つめた十年(原題Chasing Chaos: My Decade in and out of Humanitarian Aid)』があります。

今回のアレクサンダーさんの現地訪問は、人道支援の専門家として日本の防災・減災に対するアプローチを研究し、国際的人道支援の場での防災・減災の政策面および実施面で活かしたいという彼女の強い思いでおこなわれました。2日間の視察から得られた考察が以下の5点にまとめられていますので是非ご一読ください。

(※今回の内容は、中立的な第三者の意見・コメントであり、JPFの見解を代弁するものではありません。また、現状だけでなく過去を振り返った考察も含まれています。)

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 1.複数のステークホルダー間での調整の難しさについての言及が多く、調整が機能した場合、調整は支援事業の成果達成に欠かせない要素となる 

緊急支援期における調整の問題として、支援ボランティアや支援団体の過剰・重複から、時に不公平な分配が起こり、被災者間で緊張関係やわだかまりが生じる事例も挙げられました。特別調整会議が開かれた地域もあったものの、全体として調整のメカニズムが存在せず、調整の必要性が感じられたとのことでした。逆に協働関係が存在した場合には、以下のような成果があったことが分かりました。

▪「公益社団法人3.11みらいサポート」からのヒアリングによると、炊き出しに際して自衛隊、自治体、NPO間で強固な協働関係が存在したとのことでした。自治体では、避難者が目に見えやすい形で集まる避難所へ食事供給が偏りがちでしたが、(数多くの)自宅避難者へも食事を提供する仕組みが必要でした。そこで、自宅避難者の居場所が分かる地域のNPOと、実際に自宅避難者へ食事を届けられる立場にある自衛隊との連携に成功し、複数ステークホルダー協働でそれぞれの強みやキャパシティを活かして困っている人々へ支援を届けることができました。

▪「公益社団法人3.11みらいサポート」では、仮設住宅自治連合推進会が主催する自治会との月例会議をサポートし、防犯、消防団、駐車場やカーシェアリング、ごみ問題等を話し合える場が住民主体で運営されました。この様なコミュニケーションを通じて、行政側が被災者の懸念に応じる場が出来ました。

▪企業もNPOにとって重要なパートナーでした。「特定非営利活動法人しんせい」では「企業の協力なくしてこのプロジェクトはできませんでした」という声も聞かれました。ブラザー工業株式会社からミシンの、ジーンズの会社から生地の寄付を受けてミシンの学校を設立し、パリの障がい者団体とコラボしてお互いの製品を交換し販売できるようにしました。また、JPFとJPF加盟団体である「特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR Japan)」の支援と、製粉会社からの寄付を受け、お菓子を作るビジネスも立ち上げました。 

 

2.原発事故の影響を受けた方々の間には相当な緊張関係が依然としてある 

東日本大震災は地域社会や家族間の絆を壊し、不信感をもたらし、放射能汚染やその影響に関する噂や嘘の情報によってわだかまりが強くなりました。摩擦が生じた原因として様々な出来事が挙げられました。自主避難したかどうか、受けた補償金の金額、放射線レベルに対する考え方の相違(子どもに学校給食を食べさせるかどうか)、また、避難者を受け入れた郡山市では避難者の帰還を願う意見もありました。家庭も自主避難に対する考え方から崩壊に至ることもありました。男性が職場の近くに留まりたいと思う一方で、女性は子どもを守るために避難したいと考える傾向があったからです。

 

3.交流会やサロンは被災者の心理社会的回復の一端を担い、ストレス軽減、地域の結束強化、癒やしに役立っている 

心理社会的応急処置(psychosocial first aid)は日本では比較的新しい概念ですが、個々の被災者の回復に重要であるとの認識や理解が高まっています。お話を聞かせてくださった方の中には「建物は建て直せるが心の傷が癒えるまで福島の復興はありません」と語る方もいました。多くの団体では被災者が集まってストレスや不安が残ることについて話し合える場を提供してきました。「頭を使って話すのは本当の話ではないので、心の中にあることを話すには何か仲介が必要」という意見もありました。 

特定非営利活動法人コースターでは地域の絆を強めるために、リハビリセンターでの地域バーベキュー等のイベントを開催し、人々を招いて対話を促しています。東北大学ボランティアセンターを通じて若者と高齢者との交流も進めています。特定非営利活動法人ビーンズふくしまでは、子育て中の母親達が集まる機会を提供していますが、特に福島に戻ってきたばかりの方々の役に立っているようです。前出の「しんせい」では、郡山市の避難者受け入れ地域の住民と、避難された障がい者の方々の相互理解と絆の強化に努めています。これらの取り組みは「新しい地域社会を作る手助け」として重要な役割を果たし、「防災の鍵となる」と話してくださった方もいました。 

 

4.震災の記憶や震災からの学びを次世代や災害発生可能性の高い他地域に伝えていくには更なる投資が必要 

今回ヒアリングをさせていただいた多くの方から、自分達の体験を次世代へ語り継ぎ、震災発生前後に起きたことを記録する必要性が語られました。この様な努力にも関わらず、東日本大震災発生以前よりも現在の方が防災準備が進んでいるとも言えず、防災意識があったとしても防災活動には変化がなく行動が伴っていない、という意見もありました。地域防災計画を立てていない地域も多く、その理由として「準備さえしていればこれほどの被害は避けられたことに、今さら向き合うことが辛すぎるからでは」と説明する方もいました。 

公益社団法人3.11みらいサポート」では、3.11みらいサポート事業を通じて、震災から得られた学びを集め、語り部の方々等によってこれらを広める働きかけをしています。 「命を真ん中に据え、命が最も重要でかけがえのないものとする」というメッセージを掲げ、更なる資金を得て、災害発生可能性の高い地域の若者との情報共有を目的としたシンポジウムを開催する予定です。

 

5.被災地域の人々は、国の施策は住民不在だと感じている 

国の施策が人々の望みやニーズから切り離されているという声も多く聞かれ、地域住民の反対にもかかわらず防潮堤が建設された例が挙げられました。国と東京電力は避難者に対して帰還計画の説明会を行ってきてはいますが、がれき除去や原発廃炉などのテクニカルな話に終始しがちです。人々が本当に聞きたいのは、スクールバスのルートについて(現在は通学児童生徒数が少なすぎてスクールバスの採用に至っていないが、バス無しでの通学が遠すぎるとして引っ越す家族も多い)、未だに補修されていない道路について、若者の減少により消防士のなり手がいないことについて等です。 

政府は、オリンピックを目前として、地域住民の気持ちとは真逆の「被災地域は復興が済み万事上手くいっている」というメッセージを全世界にアピールしていることについて、人々は憤慨しています。まさにある方が仰っていた言葉の通り「福島の人々はこんなメッセージは信じられません」ということです。  

訪問先団体

▪ 福島県郡山市:特定非営利活動法人しんせい、特定非営利活動法人コースター

▪ 福島県福島市:特定非営利活動法人ビーンズふくしま

▪ 宮城県石巻市:公益社団法人3.11みらいサポート

▪ 宮城県女川市:女川町社会福祉協議会

 

JPF地域事業部(福島担当) 山中 努

 

Visit with Japan Platform to Project sites in Tohoku

Between April 23-24 2019, Jessica Alexander, a Fulbright scholar hosted by Sophia University, visited a few of Japan Platform’s project sites in Tohoku. Ms. Alexander teaches at both New York University and Columbia University graduate schools about effectiveness and accountability in humanitarian aid and has evaluated and responded to numerous humanitarian crises - both natural and conflict related. She is also the author of “Chasing Chaos: My Decade in and out of Humanitarian Aid.”

As a humanitarian aid professional, Ms. Alexander is researching Japan’s approach to disaster risk reduction (DRR), with the hopes of bringing lessons from this country to inform both DRR policy and practice within the international humanitarian space. Over two days in late April we visited four JP Project sites in Tohoku. Her main take-aways are summarized below.

Coordination among multiple stakeholder groups was challenged throughout the response, but where it worked well, it was critical to achieving desired outcomes.

Coordination among organizations working in the immediate response was initially challenged as numerous and overlapping volunteers and organizations turned up to provide assistance, sometimes leading to inequitable distribution resulting in tension and disputes among affected people. Although ad hoc coordination meetings took place in some areas, an overall central coordination mechanism did not exist and was needed. Where cooperation did happen, achievements were cited, for example:

3.11 Future Support Association described robust collaboration between SDF, the Municipal Government and NPOs during hot meal distribution. Although meal distribution in the Municipal Government tended to be biased to evacuation centers where evacuees gather in a visible form, an appropriate system to provide meals to (many) people who stayed in damaged homes was necessary. They successfully coordinated with local NPOs who could identify where they were and the SDF who could actually reach them. This mutli-stakeholder collaboration capitalized on the strengths and specific capacities of each actor to reach people in need.

3.11 Future Support Association supported monthly meeting with self-governing bodies organized by the self-governing associations of temporary shelter areas, and the meeting where people can discuss security, firefighting, parking and car sharing, garbage clearance was managed by the residents. This kind of communication gave the government a forum to respond to the complaints of affected people.

The private sector was a critical partner for NPOs, especially for Shinsei who noted, “Without the private companies, we could not realize this project.” The Brother company donated sewing machines to them, while a jeans company donated fabric to help establish a sewing school. They collaborated with a group working with disabled people in Paris, where they could exchange and sell their products. With support of JPF and AAR as well as donations from a flour company, they have also established a sweet making small business.

Considerable tensions remain among different groups affected by the nuclear disaster.

Within some communities and even families, the GEJE resulted in dissolvement of cohesiveness and distrust. Rumors and misinformation about nuclear pollution and its affects fueled these tensions. Frictions that arose were based on: whether or not people evacuated; varying levels of compensation received by the government; belief systems about radiation levels (whether to feed children school lunches or not); host communities in Koriyama wanting displaced people to return to Fukushima. Even within families, divisions around evacuation beliefs have led to their breakup – with men tending to want to stay near to their livelihoods, while mothers wanting to evacuate to protect their children.

 

Exchanges and salons are part of psychosocial recovery and have reduced stress, strengthened community ties and supported healing.

Psychosocial first aid is a relatively new concept in Japan, and one that has been more recognized and understood as critical to recovery. As one interviewee noted, “Buildings may have been rebuilt, but until that distress is resolved, there will be no recovery in Fukushima.” Many organizations have provided some forum for people to talk about their stress and remaining anguish. with one interviewee saying “People can’t talk from their mind and need an intermediary factor to talk from the heart.” 

Co-star has tried to strengthen community ties by hosting events such as community BBQs in rehabilitation centers and inviting people to help facilitate dialogue. Through the Tohoku University’s Volunteer Center they have also facilitated exchanges between youth and elderly. Fukushima Beans has also created opportunities for mothers to get together, which has been especially helpful for those who are now just returning to the Fukushima area. Shinsei has also brought members of the host community to work side by side with disabled evacuees in Koriyama to strengthen mutual understanding and these bonds. These efforts are important for “helping build a new community” and as one respondent noted, “are the key for preparedness.”

 

Further investment is needed in upholding memories of the disaster and sharing lessons to the next generation and to other disaster prone areas.

The importance of passing down the experience to the next generation and archiving what happened before, during and after the disaster was noted by many. Despite these efforts, some observed that people today are not any more prepared than they were before the GEJE and that awareness has not translated into action with preparedness practices unchanged. Many communities have not conducted Community Based Disaster Management Plans because as one respondent explained, it may be too difficult for them to now face how the devastation could have been avoided if it were better planned for. 

3.11 Future Support Association, through it’s 3.11 Future Support Program, has collated some of these lessons and is sharing them through storytelling. Their central message is: “Life is at the center. Life is the highest priority and the most precious thing.” With additional funding, they aim to conduct information sharing symposiums for young people in disaster prone areas.

 

Communities feel the government is out of touch with its ongoing concerns.

Many noted that the Government’s approach has been disconnected with people’s desires and needs, with the building of seawall, despite objections from communities, being a primary example. Although the government and TEPCO have held community meetings with evacuees to discuss plans for return, the messages are aimed at explaining technical matters such as debris removal and the process of closing the power plant. People want to discuss social issues such as school bus routes  (there are too few youth going to school to manage a bus route, and families are now leaving the area because the commute to school is too far without a bus), remaining damaged roads, the lack of local firefighters due to a shortage of younger people. 

With the upcoming Olympics, people feel resentful that the Government has communicated with the wider world that the area is recovered and the situation is under control, when communities feel it is not.  As one respondent noted, “these messages are unbelievable to people of Fukushima.”

 

Organizations met:

  • Koriyama: Shinsei, Costar
  • Fukushima: Beans Fukushima
  • Ishinomaki: 3.11 Future Support Association
  • Onagawa: Social Welfare Conference Onagawa

「第4回 災害時の連携を考える全国フォーラム」に参加してきました

こんにちは。はじめまして。

1月からジャパン・プラットフォーム(JPF)東京事務所に入りました小泉と申します。「共に生きる」ファンド助成事業や九州地方被災者支援事業の事務局サポートをしています。どうぞよろしくお願いします。

早速ですが、521()22()2日間、JVOAD(全国災害ボランティア支援団体ネットワーク/✳1)が主催する「災害時の連携を考える全国フォーラム」(場所は両国です)に参加してきました。

(✳1)JVOAD=全国災害ボランティア支援団体ネットワーク。2011年の東日本大震災の際、事前の連携体制が十分に構築されていなかった事により現地での支援団体やボランティアの調整が困難だった反省を踏まえ2016に設立された。「支援者間の連携の促進と支援の調整を目的とした団体 

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 2日間の開催で、参加者は昨年を更新し、626(暫定/登壇者を含む) だったそうです。フォーラムに参加して、災害に備える上で役に立つ知識を得てきましたので、中から幾つかご紹介したいと思います。

2日目の全体セッションで、昨年の西日本豪雨災害の際の広島での取組みについてレポートがありました。

テーマは「大規模災害に備えた地域のネットワーク」で、広島で中心的な役割を担ったNPOや地元の社会福祉協議会の方、地元の防災士のネットワークの方、また東京から駆けつけたNPOJVOAD顧問で大学教授の方達がそれぞれの立場で取り組まれ経験された事をパネリストとして発信されました。

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災害発生後は、被害の状況把握や被災地域の把握、避難が必要な人達への迅速な支援が必要になります。広島の場合、NPO法成立前から先駆け的にNPO 支援センターとして設立され、NPOや企業、市民と共に社会的課題に取り組み、それを社会に発信して来た「(特活)ひろしまNPOセンター」が行政や社会福祉協議会と連携しつつ迅速に災害ボランティア本部を立ち上げて運営をした事や、また地元の社会福祉協議会が普段から地域住民と話の出来る関係作りに取り組んでいた事があり、駆けつけたボランティアを他機関と連携しつつ適切に被災者に繋げる事が出来た事などの成功例がありました。

地元防災士ネットワークの方から、近くの中学校を避難所にと行政に働きかけ認可された事から中学生のボランティア参加が生まれ、その後中学校の授業に防災の時間が組み入れられた話があり、現在もそれが続いている事な ど、地元での密なコミュニケーションが災害への備えや実際に災害が起きた時にも生かされるモデルになるような事例など含め、東京から駆けつけたNPOを含め成功例がありました。ただ、一方で、住民の情報を得るには行政の制限があるため、民間レベルでは限度があり、具体的な情報が得られなかったために被災者への支援まで至らなかった話や、また行政の中でも情報共有出来なかったと言う反省、情報会議・ネットワーク会議の視点が外部の支援者目線になってしまっていた、最も被災者の情報を持っているのは地元住民なので、地元住民からの情報を得る事が大切、など今後に活かされる、または改善が必要な意見もありました。  

印象に残ったエピソードとして、温かいものや栄養のある野菜などを被災者に食べて貰いたいと避難所に持参しても、衛生上の問題から行政から許可がおりず被災者に届ける事が出来なかったと言う話が何度かありまし た。避難生活が長期化する場合には、冷たいものしか食べられない事で健康上の影響が出てくると言う指摘もあるので、改善が必要な課題に思われますが、衛生面を懸念する行政側との間で、深い議論が必要だと言う意見もありました。

今回の全国フォーラムでは、2日間に跨って20の分科会が行われました。そのうち「食と栄養」と言う身近なテーマの分科会について簡単にお伝えします。

先ずは、オープニングで(公財)味の素ファンデーションより、「災害発生後、【食と栄養】軸で起きる課題は問題山積み」との問題提起がありました。

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例えば、温かい食事の提供はとても大切だそうです。実際にイタリアでは、政府が災害用キッチンカーを約50台保有し、48時間以内に温かい茹でたてパスタやピザ、ステーキや野菜等が組み合わされた機内食のような食事が被災者に届くようです。イタリア程でなくても、アメリカの場合、太陽光パネルを装着したソーラーキッチンカー(ソーラーからの電気は主に冷蔵庫や電気に使用) が200万円から400万円で購入出来るようです。災害多発国の日本には、そのどちらも無いですが、このままでいいの?と問題提起されています。ただ、行政も頑張って下さっている、でも限界があるので、異なる強みを持った組織が集まって、【食・栄養】にまつわる課題解決に向け官民学連携活動を始めたようです。『出典:JVOAD主催第4回災害時の連携を考える全国フォーラム分科会#17 発表資料より』

続いて、国際災害栄養研究室の笠岡(坪山)宜代先生の「災害時の食と栄 養~改善のために出来ること~皆さんの力が必要!」のお話がありました。災害時での食事は重要との事ですが、例えば糖尿病患者でも食事で血糖値の悪化が抑えられるようです。災害時でも、避難所での食事だからと諦める必要はなく、健康に悪いものを我慢して摂る必要は無いと言う事です。そうはいっても、ではどうやって避難所や避難時の食事で工夫をする事が出来るのか?と言う疑問は出てきます。先生の示す避難所の栄養不足や栄養格差を改善するヒントとして、以下の5つが提示されています。

 1. 避難所規模を大きくしすぎない。温かい食事をだす(ガス・調理環境)

 (避難所規模が大きいと、温かい食事は供給しにくい。  

 2. 何かしらのオカズをだす。

 3.栄養士がレシピを作った炊き出し

 4.避難所間で連携。給食センター方式

 5.快適なトイレ環境

『出典:JVOAD主催第4回全国フォーラム分科会#17 発表資料より』

3. については、栄養士が炊き出し献立を作成すると、乳製品・果物の回数が増えると報告されています。日本には、DA-DAT(日本栄養士会災害支援チーム)と言う組織があるようで、2011年の東日本大震災以降は災害毎に発災直後から現地に対策本部を設置して一定期間滞在しています。緊急な課題に対応している可能性もありますが、必要に応じて相談してみるのも良い方法かも知れません。

(✳2)DA-DAT(日本栄養士会災害支援チーム)――――――――――

東日本大震災をきっかけに、大規模自然災害発生時、迅速に被災地での栄養・食生活支援活動を行うために、2012年に設立。国内外で大規模災害が発生した地域において、避難所、施設、自宅、仮設住宅等で被災者に対する栄養に関する支援活動が出来る専門的なトレーニングを受けた栄養支援チーム。―――――――――――――――――――――――――――――――――――

最近では、避難所の食事にお弁当を出すようになり、避難所の食生活は進化し続けているようです。それでもおにぎりやパン、カップ麺などに頼る事もあるようですから、炭水化物が多くて栄養に偏りが出る問題は依然変わりません。そして、同時に、個人的な都合、健康上の理由で配られる食事が摂れない人がいるという個別の問題もあります。全体の問題として、栄養が偏った食事を長期に摂る事から来る栄養不足の問題、菓子パンを沢山食べる事による血糖値の上昇、肥満や虫歯の問題、そして更に深刻なのは、個人の健康上の理由による個別の問題(災害弱者)なんだそうです。避難所の1/3は何らかの理由で食事に困っている被災者がいると言う話もあり、中には周囲と違う事情がある事を言い出せない人も多くいるとか。個別の事情を抱える妊婦、乳幼児、高齢者、持病を持つ人たちを把握する事や、繰り返し呼び掛けて自ら申告して貰う努力が必要のようです。

そしてもう1つ、地域の物流の拠点を把握しておく事がオススメだそうです。実は、避難所の近くにある事も多い地域の物流拠点には、医薬品、食品、衛生用品、生活用品が集まっているので、そこから入手出来ると食生活や生活の改善がはかれるとのこと。避難所の中でスタッフや周囲の人たちと相談をして、地域の物流拠点を調べて利用出来れば生活が改善できるかも知れませんね。『出典:『JVOAD主催第4回全国フォーラム分科会#17 発表資料より』

印象に残った内容を本当に部分的に簡単にお伝えしてきましたが、以上でJVOAD主催の全国フォーラムについてのご報告は終わりにします。拙い文章でしたが、お読みいただきありがとうございました。

紙面の都合で、最後に少しだけになりましたが、自宅の小さな庭や近所で生き生きと育つ植物たちと、知り合いが育てている薔薇をご紹介します。

 

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写真はすべて(c)JPF 

地域時事業部 小泉

「交流の場作りと心のケア」セミナーを開催~心の拠り所となる場を目指して~

3月13日、ジャパン・プラットフォーム(JPF)加盟団体であるMdM(世界の医療団)の主催、ふくしま連携復興センター、みんぷく、及び相馬広域心のケアセンターなごみ(なごみ)の共催として、避難指示解除になった福島県浜通りにある富岡町文化交流センター学びの森で「交流の場作りと心のケア」セミナーを開催しました。

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心のケアプログラム MdMコーディネータから挨拶

JPFは今回、ふくしま心のケアセンターと共に後援団体という立場から本セミナーに参加しました。

当日、交流の場作りを行う支援団体、福島大学相双地域支援サテライト、Next Commons Lab南相馬、曹洞宗復興支援室、ふくしま心のケアセンター、NPO法人ビーンズ、みんぷくのコミュニティ交流員、川内村の保健師さん等約40名の方々が参加しました。 

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サロン活動やコミュニティ交流活動の現場の方々に多数お越し頂きました。

MdM(世界の医療団)はJPFの助成事業として、心のケアの専門家である精神科医や専門看護師、臨床心理師、社会福祉士を福島の浜通り避難指示解除地域に派遣してきました。

そして、クリニックや心のケアセンター、仮設集会所、復興公営住宅集会所、コミュニティ拠点等で多岐に渡り活動を展開してきました。内容も診療レベル、集団活動レベル、サロン活動・交流の場作りレベル、訪問活動レベル等のさまざまな階層で住民に溶け込んだ活動を実施してきました。 

セミナーでは、MdMの米田祐子さんの挨拶に続き、「集団活動を通しての こころのケア」についてなごみの立谷洋さんとMdMの 横内弥生さんからこれまでの経験を共有いただきました。

その後、「避難指示解除地域の集まる場」での支援活動の事例紹介がMdMの小松原ゆかりさんとなごみの伏見香代さんの掛け合いで行われました。

そして、「若者の社会参加を促す支援」について、なごみの西内実菜さんから発表がありました。

休憩を挟んで、「グループワークによる学び、 経験、 課題の共有-住民との接し方、交流の場づくり-」として参加者の中で、グループごとに話し合いを実施しました。

和気あいあいと和やかな雰囲気の中でセミナーは行われ、アンケート結果も「とてもためになった」という好意的な意見が多数よせられました。 

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グループワークの後の情報共有

福島は特に浜通りの避難指示解除が相次いで行われ、帰還が進む相馬地区及び双葉地区からの避難者を多く受け入れている、いわき等では地域づくりのニーズと併せて、こころのケアのニーズが高まっていくことが予想されています。

そこで、こうした専門家と繋がりながら交流の場やコミュニティベースで、心のケア活動の裾野を広げていくことがさらに重要になってきています。 

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心のケアの物づくりの作品展示

今回のような繋がりが発展し、ネットワークが広がることで、より多くの人達による何気ない交流の場が増え、心の癒しを得られるようになれば良いと感じました。 

東日本大震災から8年、今でも現地では生活基盤や環境の激変に伴うストレスや疲労、移転のたびに新たなコミュニティを築いていかなければならない精神的負担など、被災者の方々は多くの課題に直面しており、心の拠り所となる場が求められています。

今回のセミナーがその一助になればと願っています。 

 

写真は全て(C)JPF

JPF地域事業部(福島担当) 山中 努

福島県浜通りの今とこれから (3/5 JPF主催 復興庁コーディネート事業報告会を開催しました)

■8回目の3.11を迎えて

 今月の11日で、東日本大震災発災から8年が経過しました。

堤防や公営住宅などの、いわゆるハード面における復興の順調な進捗が語られる一方、今なお続く在宅被災者の課題、山積みされている除染土やその再利用、先の長い廃炉への道筋など、『復興の終わり』と『終わらない復興』の双方が強調された情報が3月に集中して報道されたように感じました。

 ■ジャパン・プラットフォーム(JPF)の福島での活動と報告会の開催

 JPFでは、2011年から続く東日本大震災被災者支援 に加え、復興庁の被災者支援コーディネート事業を活用しながら、福島の避難指示解除地域でのコミュニティ再生の支援と福島県域で広がる可能性のある生活困窮などの支援者ネットワーク形成のサポートを2017年度から行っています。

  3月5日にはこの1年間の活動を総括して、私どもが事業を通じて関わりを持つ9つのネットワークに関する活動の状況報告を都内で開催しました。

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復興庁の事業を通じて、地域と行政の協働に関わることができた

JPFではネットワークの支援として、

1.浜通りの避難指示解除地域においては、まだ少ない居住者同士や支援者とのつながりを作ることにより、一度は止まってしまった地域コミュニティの再生を促進することを目的としており、

2.県域においては、2020年の復興創生期間を待たず減っている外部からの支援に加え、長引く避難生活や、様々な支援制度の終了による生活環境の変化や困窮に陥ってしまいそうな方々が増えてしまう可能性があり、4つのテーマ※1に絞り、支援者のネットワーク形成を行っています。

           ※1:4つのテーマ:生活困窮者、心のケア、子ども食堂、子育て女性

限られた数の住民や支援者のつながりを作ることにより、連携しながら地域コミュニティの再生や大小さまざまな課題に向き合っていける、外部からの支援の受け皿にもなれるような仕組みを残すことが目的です。

 このようなネットワークは、それ自体では一見、効果が見えにくいため、今回の報告会では浜通りで活動されている方々、とくに各地域でのネットワーク形成に関わられている関係者にご登壇いただき、現場に暮らし活動する者として、人と人のつながり、ネットワークによってどのようにコミュニティ再生が行われているか、お話を頂きました。

 ■浜通りの今 3年目の“ゼロからの”まちづくり

 震災からは8年経っていますが、福島県の浜通り(福島県は会津、中通りを合わせ、大きく3つの地域に分かれています。)、特に福島第一原子力発電所から20km圏内の避難指示が出された地域や放射線量が高かった地域は、避難指示解除からはまだ3年しか経過していません。JPFは復興庁の予算を活用し、重点的にその地域に関わっています。

また、『避難指示解除』 と言っても、地域のすべての場所が解除されたわけではなく、浪江町などは未だ8割近い町域が『帰還困難区域』のままです。

そして人口についても、各自治体の住民登録データでは、震災前の人口の7割から8割程度の住民が居住されているように見えますが、実際には震災前の5%から6%程しか居住されていない町もあります。

文字や数字だけの情報では、なかなか復興の実情がつかみにくいのではないかと思います。

  このように、浜通りでは一度停止したコミュニティの再生が始まったばかりのところで、今まさに“ゼロ”から地域づくりを始めているところです。

 各市町村ではまちづくりに力を入れ始めているところであり、また幸いなことに、住民側からまちづくりやコミュニティ再生に取り組まれている方々がおられ、

 官民問わない情報交換の場や産品づくりを通じた見守り、地元の情報収集、地域外から来られる方々の受入れなど、様々な活動をされています。 

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家庭菜園と産品づくりの組合せで行われる小高の見守り体制を紹介

 報告会では私どもが関わっている9つのネットワークの活動状況の報告に加え、南相馬市小高区から廣畑裕子さん、浪江町から和泉亘さん、双葉郡(富岡町)からは平山勉さん※2にお越しいただき、コミュニティ再生についてお話いただきました。 

 三人の方々からは地域の現状や人口が少ない町で行う町の魅力を活かした活動を紹介いただきましたが、共通しておっしゃっていたことは、『自分たちの地域の事は、自分たちで発信しなくてはいけない』という事でした。

 新しい地域づくりを行う中で、地域を問わず多くの方々に関わって頂きたい一方、福島や浜通りに関する情報は、発信される主体によっては現状とのズレが大きく取り上げられてしまうことが多いそうです。 

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双葉郡の内側からの情報発信を続ける双葉郡未来会議、 ふたばいんふぉの活動の活動紹介

 JPFでは次年度も定期的に被災地の情報を伝える場を設けていきたいと考えております。

 

※2:今回登壇いただいた方々について(活動のご紹介)

・南相馬市小高区 :廣畑裕子さん おだかぷらっとほーむ(http://3bplus1-odaka.jp/

・浪江町:和泉亘さん なみとも (https://futabafuture.com/2018/07/27/voice029/)

・双葉郡(富岡町):平山 勉さん 双葉郡未来会議(https://futabafuture.com/

 ふたばいんふぉ(https://futabainfo.com/

 

写真はすべて(C)JPF

 

ジャパン・プラットフォーム(JPF)地域事業部 藤原 航