ジャパン・プラットフォーム(JPF) 公式ブログ

緊急人道支援組織、認定NPO法人ジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログ。NGO・経済界(経団連、企業など)・政府(外務省など)が連携し、国内外の緊急人道支援を実施。寄付金・募金受付中。

ジェシカ・アレクサンダーさんの台風19号被災地訪問(令和元年台風被災者支援)

こんにちは!JPF地域事業部(福島担当)の山中です。 

今回のジャパン・プラットフォーム(JPF)のブログでは、2019年7月のブログ( http://blog.japanplatform.org/entry/2019/07/11/130125 )にも寄稿していただいたジェシカ・アレクサンダーさん(Ms. Jessica Alexander)のレポートを紹介させていただきます。アレクサンダーさん(フルブライト奨学金受賞研究員、上智大学客員研究員)は、ニューヨーク大学及びコロンビア大学の大学院で、人道支援の効果とアカウンタビリティについての講義を担当し、これまで自然災害・紛争による人道危機における評価と対応を数多く経験しています。著書には『カオスを追う:人道支援を内外より見つめた十年(原題Chasing Chaos: My Decade in and out of Humanitarian Aid)』があります。 

今回のアレクサンダーさんのいわき市訪問では、現地で活動する地元団体やJPF加盟NGOへの聴き取り調査を行っています。いわき市の直面する問題、支援活動などについての考察がまとめられていますので、是非ご一読ください。(※今回の内容は、中立的な第三者の意見・コメントであり、JPFの見解を代弁するものではありません)

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20191012日、台風19号が日本に上陸しました。今年日本に上陸した19番目の台風は、過去数十年の中で最も強力な台風となりました。数十人の方が亡くなり、複数県にまたがり深刻な水害を引き起こし、何万戸もの住宅が被災するなどの甚大な被害をもたらしました。本報告はいわき市で継続中の復興事業や、台風の影響を受けた地域が未だ直面している問題に焦点を当てています。以下の報告内容は、20191111日にいわき市にて特定非営利活動法人難民を助ける会(AAR)、特定非営利活動法人ザ・ピープル、一般社団法人ピースボート災害支援センター(PBV)の各団体のスタッフを訪問し、現地で行った聞き取り調査に基づいています。

早期警告と避難

 台風上陸前までには、メディア報道や防災行政無線の屋外スピーカーによる早期の警告は広範囲にわたっていたものの、山間部に暮らす多くの住民に対しては効果を発揮しませんでした。2011年の東日本大震災以来、避難システムと言えば沿岸部を中心とした防災スピーカーの使用に重きが置かれてきました。そのため、今回も沿岸部の住民には情報が行き渡りましたが、内陸部に暮らす人々へ情報を届けるには不十分な仕組みでした。今回の台風による大雨で特に水害の影響を受けやすい地域で生活していたのが、こうした山間部の住民です。メディアによる報道では、日中に長野県の千曲川が決壊したことが大きく取り上げられていましたが、いわき市、郡山市、本宮市、および伊達市に影響を及ぼした夏井川や阿武隈川が夜間に氾濫したことは十分に取り上げられていません。どの様な情報をどの様に伝達すべきかを考える際、様々な住民の方が直面する状況に応じた内容と手段を選び、適切なものを強化する必要があります。

  東日本大震災から8年が過ぎ、人々の間では災害を警戒する気持ちや防災準備が疎かになってきています。ヒアリングを行った際、「以前はもっと警戒していたが、8年が経って皆が災害について忘れてきていたので、今回の被災には本当に驚きショックを受けた」という回答もありました。一般論として、人は、「何か起きるとしても自分には起きない」と思いがちです。今回こうした考えを後押ししてしまったのが、いわき市内での降水量の少なさでした。いわき市より上流の山間部で1時間に900mmという未曾有の大雨が降り、その結果夏井川が氾濫して下流の町々で浸水することになるとは、いわき市の人々は予測できませんでした。

人々は、自宅の窓から見える雨が激しくなかったので、これ程の水量になると想像もつきませんでした。自宅でのんびりしていたら急に河が氾濫し水位が上昇してきました。そこで自宅の二階や屋根の上へと避難するしかありませんでした。屋根の上で一夜を明かした人もいました。

 避難勧告がショートメッセージ(SMS)を通じて発信されたこともあり、本災害の影響を受けた住民は高齢者に偏りがでました。高齢者の中には自力避難ができない人もいました。いわき市のNPO法人「みんぷく」は、今後の災害時には避難支援ができるよう、高齢者の方々の居住場所を特定しておく活動をしています。しかし、これらの町の多くでは、避難支援に携われる若者の人口が少ないという現状があります。リスクコミュニケーション(非常時等に関する関係者間同士の意思疎通)は、お祭りやイベント等の人々が関心を持って参加できるような日常生活の中の活動と結びつける必要があります。行事やイベントは、住民同士が住んでいる場所などお互いを知り、防災の一環として地域の結びつきを育むという意味でも重要です。

いわき市の被災者が直面する問題

 2011年の東日本大震災の教訓を活かしきれず避難所の状況は厳しいものです。今回の被災者の8割以上が、被災した自宅の2階以上で生活する自宅避難や車中避難を選択しています。避難所は様々な障がいのある住民のニーズに応える準備がないため、障がいのある被災者にとっては更に厳しい状況です。高齢者と障がいのある人々は自宅から動けずにいます。

 水害・水災保険に入っていた被災者は、家屋そのものの被災には保険を使えましたが、ヒーター、ストーブ、冷蔵庫、その他の家電製品、自動車などの家屋以外の物には使えませんでした。人々は車がないと仕事に行けません。特に冬を迎えるにあたり、これらを買い換えることが一番大きなニーズです。中には寄付された物もありますが、実際に必要な物は、これまで受けた支援の約2倍だと推測されています。

人々は将来のことは考えられず、いま目の前にある状況に対応するのみです。

 全ての幼稚園・保育園が休園してしまったため、子育てをする住民は園の再開まで出勤せず自宅で子どもの世話をしています。

NPOによるいわき市民への支援

 いわき市のボランティアの数は、復興支援事業に必要な人数に足りません。ボランティア不足は、日中に決壊した長野の千曲川がメディアで大きく取り上げられ、ボランティアの大半が長野の被災者の支援に向かったことも一因です。千曲川周辺の被災も深刻でしたが、夏井川と阿武隈川の氾濫によりいわき市、郡山市、本宮市、伊達市にもたらされた被災はもっと深刻でした。浸水被害を受けた家屋の床下の土砂除去作業は、来春に植物が生え始めるとより大変になると予想されます。ボランティアの支援がなければ、住民が自宅で作業にあたらなくてはいけませんが、高齢者も多く住民だけでは作業に限界があります。

 AARのような団体では、活動範囲を広げ、長野県と丸森町(宮城県伊具郡)の避難所で温かい食事を提供する事に加えて、障がいのある被災者の方々に資材を配布しています。

 東日本大震災の頃から比べると、支援の調整には改善が見られました。2011年当時は、情報共有会議を立ち上げるのに2ヶ月近くかかりましたが、この度の台風では被災直後に情報が共有できる機会が多くありました。たとえば福島連携復興センター(福島連復)では、地元のNPOの中間支援団体としてNPOと行政をつなぐ役割を果たし、福島県内の情報共有を助けました。また、NPO法人ザ・ピープルといわき市社会福祉協議会も情報共有を支援しています。

 ザ・ピープルは、いわき市で過去30年にわたり、古着を集めて再販することでゴミを減らす活動をしているNPOです。この事業の収益で、障がい者を雇い古着の洗濯の仕事をしてもらうことで、小さいですが障がい者雇用の機会を創出しています。水害以来、この団体では被災世帯に衣服、タオル、水を提供しています。更に、フードバンクを通じての食品の提供も行っています。参加者の半数が独居の男性です。

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 ピースボートでは避難所に行かず自宅の2階以上で避難生活をしている被災者に衣服、食べ物、水、子ども向けのお菓子を配布しています。センターには毎日6070名が訪れ、地域住民がボランティアとしてセンターの運営を手伝っています。また、ピースボートが主催するサロンは、被災者が自分達に何が起こり自宅をどうしたら良いのかという情報を共有するのに効果的な場です。多くの住民にとってこのような被害を受ける被災は今回が初めてで、家屋の補修の仕方も分からないため、サロンを通じて経験を共有することで助け合っています。

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被災者生活再建支援金の支給程度

 千曲川が決壊し家屋が大雨で流された長野では、被災者生活再建支援金の支給額が高く、避難所へ避難できて、仮設住宅に入居できる被災者もいます。しかし、いわき市に多い被災者のように浸水で家屋が全壊には至らなかった場合、家屋の補修に上限60万円が支給されるだけです。いわき市の被災者も避難所へ避難する選択はありますが、行政の運営する公営避難所へは行かず、自宅でまだ生活が可能なので自宅避難を選ぶ人が多いです。被災者の中にはJPF加盟団体等の支援を受けて自主避難所を立ち上げた人もいます。

 支援金の支給程度に差があることで地域社会が分断されています。家屋の被害の程度ではなく浸水の深さによって公的支援金の支給額が決まりますが、この支給の仕方だと、国が被災者を分断しコントロールしやすくするだけだと言う人もいます。現在の支給額は必要な補修や復興には不十分であり、「一番必要としている人々ではなく東京(本社)が潤う」ことになる建設会社ではなく、より大きな額が被災者の手に直接渡るようにすべきだという声も上がっています。

 JPF地域事業部(福島担当) 山中 努

Visit with Japan Platform to Project sites in Iwaki

On October 12, 2019, Typhoon Hagibis made landfall on Japan. Although it was the 19th typhoon to hit Japan this year, it was the most powerful in decades. The typhoon caused significant damage, leaving dozens dead, severe flooding across numerous prefectures and tens of thousands of homes damaged. This report highlights some of the ongoing recovery efforts in Iwaki and the issues still facing communities affected by the typhoon. It is informed by interviews and field visits with staff of AAR, The People and Peace Boat in Iwaki city on November 11, 2019.

Early warning and evacuation

·         While early warnings through media broadcasts and neighborhood loudspeakers were extensive leading up to the typhoon, they were largely ineffective for residents living in the mountainous areas. Since the 2011 GEJE, the evacuation system has primarily focused on the use of loudspeakers along the shoreline. While coastal residents were informed, there were insufficient communication mechanisms to reach people who lived inland. Incidentally these were residents most vulnerable to the flooding from the heavy rains in the mountain areas. Media broadcasts focused on Chikuma river in Nagano where the flooding was happening during the daytime. Yet the flooding of the Natsui and Abukuma rivers, affecting Iwaki, Koriyama, Motomiya, Date was happened at nighttime and did not receive sufficient attention. Messaging and communication channels thus need to be contextualized and reinforced for the conditions that face different residents.

 

·         Eight years since the GEJE, people’s vigilance about preparations for disasters has significantly decreased. As one respondent said, “Our awareness used to be higher, but after 8 years everyone has forgotten. We were very very surprised and shocked by this disaster.” Generally people have a mentality of “it won’t happen to me.” Contributing to this was that rain levels in Iwaki were quite low. People did not expect the unprecedented quantity of rain in the mountain area above Iwaki, with 900 mm falling per hour, causing the nearby Natsui river to flood, and inundating towns below.

People didn’t expect the level, as the rain outside their windows wasn’t so hard. They were relaxing in their houses and the river flooded, and suddenly the water was so high. They just went to the second floor or on top of their roofs. Some spent the night on the roof.

 

·         The elderly were disproportionally affected by the disaster as evacuation notices came by SMS which did not reach them. Some did not have the capacity to evacuate. The representative of local NPO in Iwaki named ‘Minpuku’ is working to identify where elderly people live to ensure they are assisted during future evacuations. However, few of these towns have young people who can support such activities. Risk communication needs to also be linked to daily life activities – festivals or events – for people to have interest and attend. These activities are also critical for people knowing each other, where they live and making connections as a form of preparedness.

Issues facing affected people in Iwaki

·         Conditions in evacuations centers are still poor despite lessons from 2011 GEJE. Over 80% of people affected by the typhoon have opted to stay on the second floor of their damaged home or sleep in their cars. For disabled, the situation is even more difficult as the centers are not equipped to deal with their special needs. Elderly and disabled cannot move from their damaged houses.

·         For those with flood insurance, it has covered damage to the homes themselves, but not the materials inside such as their heaters, stoves, refrigerators, appliances or cars. Without their cars, people cannot get to work. Replacing these items, especially during winter, are some of the greatest needs facing people now. Some replacement materials have been donated, but the need is estimated to be twice as much as what was provided.

People can’t think about their future, just do what’s in front of them.

 

·         All of the kindergartens are closed and so parents have to stay home and care for their children until they are reopened.

NPO support to Iwaki residents

·         In Iwaki, there are fewer volunteers to support recovery than what is needed. This is partly due to the extensive media coverage of the      Chikuma river in Nagano, which happened in the daytime. Most volunteers therefore went to support affected people in Nagano. While the flood there was very serious, the flood      in Natsui and Abukuma rivers, affecting Iwaki, Koriyama, Motomiya, Datewas  was even more severe. Mud removal under the floors of damaged houses is anticipated to cause problems next spring when vegetation begins to grow. Without the support of volunteers, people are expected to fix their houses themselves, many of whom are elderly and are unable to do the job.

 

·         Organizations like AAR have expanded their activities to provide materials for disabled people who were affected as well as distribute hot meals to evacuation centers in Nagano prefecture and Marmori town.

 

·         There have been improvements in coordination since the GEJE. In 2011, it took nearly 2 months to set up an information sharing meeting. But after the typhoon there were more immediate opportunities to share information. Fukushima Renpuku (Fukushima Renkei Hukkou Center), for example,  was an intermediary organization for local NPOs that passes information to and from the government and has helped with information sharing in Fukushima. The NPO “The People” and Social Welfare Council of Iwaki city are also supporting information sharing.

 

·         The NPO, “The People,” has worked for 30 years in Iwaki to decrease trash by collecting used clothes and reselling them. With these proceeds, they are able to employ handicapped people to wash the used clothes, thereby creating a small work opportunity for them. Since the floods they have supported victims by providing clothes, towels and water to affected families. They have also provided food through a food bank to those in need. Half of the people who attend are men living alone.

 

·         Peace Boat is also supporting people who have opted to live on the 2nd floor of their homes instead of going to evacuation centers by providing clothes, food, water and sweets for children. About 60-70 people from the community visit the center each day. Volunteers from the community have come to help staff it. The salon run by Peace Boat has been an effective way for people to share information about what happened and what to do with their houses. For most people, this was the first time they have experienced this kind of damage and so don’t know how to repair their homes. This is a way they can share experiences and help each other with repairs.

Compensation levels for affected people

·         In Nagano, where the flooded Chikuma flood washed houses away, people receive higher compensation, can go to evacuation centers and are eligible for temporary housing. However in Iwaki where the flooding didn’t completely destroy homes, people are eligible to receive up to 600,000 Yen to repair their homes. These people can decide whether or not to go to evacuation centers, but many choose not to go to the official, government supported ones because technically they can still live in their homes. Affected people in Iwaki have established an informal evacuation center by themselves, supported by NPOs such as the JPF Alliance.

 

·         The varying compensation provided by the government has divided communities. Families received government compensation depending on the level of water, not the extent of the damage. Some believe this is a method of the government to divide people and better control them. Still, the compensation is insufficient to do the proper reconstruction that is needed. People have called for larger compensation to go directly to victims, not to construction companies which just “makes Tokyo rich but does not support the people who need it most.”